カテゴリー別アーカイブ: 自分と向き合う

子供に勉強させたい母親と、ハードボイルドおやじ

 

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「ここに、相談に乗ってくれるおじさんがいるって聞いたんだけど」

 

「マスター、そんなおじさんいたか?」

 

「さあ。先日、そんな場面を見たような気もしますが」

 

「俺か」

 

「ねえ、私の相談にも乗ってよ」

 

「いつから俺は人の相談に乗るような人間になったんだろうな」

 

「子供が勉強しないのよ」

 

「子供ってのは、遊ぶもんだろう」

 

「周りは毎日やってるっていうのに、うちの子だけ全然勉強しなくてね。困ってるのよ」

 

「なぜあんたが困るんだ?困るかどうかは子供が決めることじゃないのか?」

 

「何言っているのよ。私の子なのよ」

 

「私の子ねえ」

 

「どうしたらこの問題が解決されるのか教えて。深刻な問題なの」

 

「社交ダンスにでも行ったらどうだ?」

 

「ふざけてるの?」

 

「悪かったよ、料理教室でもいい」

 

「真面目に答えてくれない?」

 

「大真面目さ。俺以上に真面目な男はそうはいない」

 

「なぜ私が社交ダンスや料理教室に行かないといけないのよ。これは、息子の問題なのよ」

 

「子供が勉強しないことを問題だと思っている、あんたの問題じゃないのか?」

 

「私、あなたのこと好きじゃないわ」

 

「安心してくれ、俺もさ」

 

「帰る」

 

「どうぞ」

 

………

 

「やはり、ああいう親が多いのかな」

 

「おそらく」

 

「子育てっていうのは、難しそうだ」

 

「そうですね」

 

「人生の節目となる大事な場面ではしっかり向き合う。日頃は信頼して、愛を注ぐ。

それだけで上手くいきそうな気もするが、実際に親になってみると、なかなかそれも難しいんだろう」

 

「それくらい優しい言葉を、直接言うことはないのですね」

 

「いい人になりたいわけじゃない」

 

「子供について言えば、

親に従順になり、反発し、受け入れる。そのプロセスを歩むことそのものが大事なのかもしれません」

 

「もしも、そのプロセスそのものが大事なのだとすると。

あの親を問題だと思う、俺の問題か」

 

「どうでしょうか」

 

「そんな気がしてきたな」

 

「それすら、問題ではないのかもしれませんが」

 

「敵わんな。あんたには」

 

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孤独を愛せると、人間関係が良くなる

 

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一人でいても楽しいから、みんなでいても楽しい。そういうことがあります。

一人でいることに安心感を感じられなければ、いつも誰かと一緒にいなければならなくなってしまう。

そうすると何が起こるかというと、周囲の人に「要求すること」が増える。

自分を満たすために、他人に「変わってほしい」と思い始める。

しかし、人間には、「変わってほしい」と思われれば思われるほどに、変わりたくなくなるという不思議な法則があって。

親が子供に勉強させようとすればするほど子供は勉強しなくなるのと同じ。

他人に変化を望まれるというには、人間にとって心地の良いものではない。

そうなるとむしろ、変わりたくなくなってしまう。

話を戻して、一人でいても楽しいと思えない人は、自分を満たすために周囲に要求が増える。

要求が増えるということは、周囲に「変化」を求めるということ。

だけど、変化を求めれば求めるほどに、人は変わりたくなくなるもので。

結果、求めた要求は実現せず、実現しないから余計に要求を強くする。

すると起こるのが、争いであり諍いであり、陰口やなんやかんや。

そうなると、関係は余計に悪化していく。

というのが、人類が歩んできた定石通りのパターン。

男女の諍いも、大体このパターン通りに起こってます。

彼氏に男らしくなって欲しいなら、女は彼氏の男らしくなさを受け入れる必要がある。

男らしくなさを否定したら、余計にその男は男らしくなくなる。

子供に勉強して欲しいなら、子供が勉強しないことにOKを出す必要がある。

ほとんどの人がやっているのは「真逆」で、結局、その真逆の行動が自分や他人の首を締めているのだけど、

ほとんどの人はそのことに気づけない。

だから、苦しんで、自己嫌悪になったり、人を責めて孤立したり、人生が大変になっていく。

人が人のことをもう少し理解することができたら、

生きることはもっと楽しくなり、周囲の人間関係も良くなり、楽しくなっていくだろうなと思います。

てことで、今回はこのへんで。

 

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書きたいのに書けないのは、なぜなのか?

 

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最近は、好き勝手に文章を書きたいという気持ちが強い。

「です・ます調」ではなく、「だ・である調」で書きたいという気持ちも強い。

だけど、そうすると、文体が変わったり、いつもと違う感じになってしまうので、その理由を説明しなくてはならないなと思うのだけど、一から説明するのも面倒だなと感じてしまう。

面倒だから、書く手が止まる。でも、書きたい。その葛藤の中でモヤモヤする。

ということで、ひたすら自分が書きたいことを書いていこうと思ってます。

でないと、書けないので。

ここ最近、ブログを書くときに、書けないなと感じることが多かった。

それについても何でだろうとここのところ考えていたのだけど、

結局、内にあるものと外に出すもののギャップのせいだろうと思う。

なぜ内にあるものと外にあるものにギャップが生まれるかというと、

何かを外に出すときには、他者を意識することになるから。

読み手を意識することで、言うことをセーブしたり、書き方を気にしてしまったりする。

私など、もう7年もブログを書いてきたわけだけど、すると、自分に対するイメージが作り上げられていく。

もちろん、イメージが作られているだろうということも私の勝手なイメージなのだろうけれど、

自分で勝手に作った他者から見た自分のイメージと、自分が出していきたい世界のギャップに苦しむ。

最近は自分の中での変化が大きく、その内面の変化に伴って、外に出すもの、アウトプットも変えていきたいと思っている。

新ブログの登場と共に、文章表現として出していく世界も変わっていくことになりそう。

その前に、勇気を出して、このブログでも新しい文体に挑戦してみている。

書きながらも、まだ、どうしよう、昔のままの方がいいだろうかと思っている自分も顔を出してくる。

自分自身が過去の自分に縛られ、他者のイメージを想像してしまう自分に縛られ、でも内面や出したい世界はすでに変わってしまっていて、そのアンバランスに苦しんでしまう。

そういうことが、最近の悩みの種だった。

小説風の文章を書いてみたり、何だか最近少し変化があるな、変化というか迷いなのか、と思った人もいるかもしれない。

そう、変化であり、迷いであり、悩み。

出して行きたい世界はあるのに、過去の自分、そして、これまでの自分のイメージを保つ必要があるのではないかという考えが、邪魔をするんだ。

いきなり小説風の文章を書いて、変だと思われやしないか、などと考えてしまう。

この、過去に邪魔される、自分で作り上げた他者から見た自分のイメージが邪魔をするということは、現実世界でもある。

自信を持つ、セルフイメージを上げるということは大事なことなのに、上手くそれができない人がいる。

なぜかというと、過去の自分イメージが残っているからだし、周囲が自分をどう見ているかについてのイメージを自分自身が持っているからだ。

今まで、かわいこぶって、いい人ぶって、生きていた。

そんな人が、いきなり自信を持ち、自分を持って生き始めたら、周りはどう思うのだろうかと考えてしまう。

周りの自分に対するイメージを守ろうとしてしまう。

つまりは、周りの期待に応えようとしてしまうということ。

でも、それではいつまで経っても変われない。

ある意味、変わるということは、周囲の期待を裏切るということでもある。

しかし、周囲の期待を裏切るというのは、そう簡単にできるものではない。

最初に、「え?」と思われることになるのだが、その「え?」という一言が、思っている以上に恐ろしい。

こちらも「え?」と思われるであろうことは分かっているからだ。

そう分かりながらも一歩踏み出すというとは、なかなかできるものではない。

しかし、勇気を持って一歩を踏み出さなければ、変化を起こすことはできない。

どこか我慢しながら、居心地の悪い世界に居続けないといけなくなる。

この、「微妙に我慢しながら、だんだんと居心地の悪くなってきた今までと同じ世界に留まり続ける」というのは、よくあることだと思う。

その方が、楽だからだ。

心の中に湧いてくるモヤモヤを無理に打ち消して、これまでの世界の良いところを無理矢理でっちあげ、自分を説得する。

自分を説得する作業に入っている時点で、大体、もう変化すべきときなんだ。

だけど、変化は怖いから、恐ろしいから、「え?」と言われるのが嫌だから、

無理やり自分を説得して、自分に嘘をつきながら、モヤモヤした毎日を選択しているにすぎない。

違うだろうか。

変化するというのは気まずいものだし、こちらとしても違和感があるもの。

でも、その違和感を乗り越えた先に、自分が行きたい、生きたい、世界が待っているもの。

ということで、

いきなり文体が変わって、「え?」と思われることにビビりながら、この文章を書いてみました。

小説風の文章をアップするときにも、内心ビビっていた。

ちょっとしたことだと思うかもしれないけれど、案外、勇気の必要なこと。

変化することについての参考にしてもらえれば。

 

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失恋した若造と、ハードボイルドおやじ

 

 

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今日も、物語風に書いていきます。最近ハマってます。

何か、こっちの方が伝えやすい部分もあって、書いていて何か楽しいので。笑

今回は、ハードボイルドおやじと、若造に登場してもらいましょう。

バーにて、若造がおやじに相談している感じで。

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「今、落ち込んでるんですよ」

「そうか」

「そうかって…。もう少し気遣ってくれないんですか」

「生きてれば、落ち込むことなんていくらでもある。いちいち騒ぐようなことでもないな」

「そうかもしれないですけど、失恋したんですよ」

「へえ。いいね」

「いいねって…。失恋の痛みっていうのは、つらいもんですよ」

「まあ、そうだろうな。でも、本気で好きだったのか?」

「そりゃあ、本気ですよ」

「いつ出会った?」

「1ヶ月前くらいです」

「出会ってから失恋までが早すぎるだろう。本当に本気だったのか」

「まあ、いいじゃないですか。もう傷つくのは嫌なんで、恋愛はこりごりですね」

「バカかお前は」

「バカって…」

「好きになった女全員に好かれるとでも思ってるのか?」

「いや、そんなことは思ってないですけど…」

「嘘つけ。思っているだろう。思っているからそこまで傷ついてるんだよ。とんだうぬぼれ野郎だ、お前は」

「いや…」

「自分がうぬぼれ野郎だと気づいていないくらい、うぬぼれ野郎なんだよ」

「きついですね、今日は」

「誰だって、失恋くらいする。自分だけが特別なわけじゃない」

「確かに、そうですね」

「落ち込むのはいい。

だが、1ヶ月前に好きになった女に振られたくらいで、いちいち恋愛を卒業しようとするな。

好きになった女は、お前のママじゃないんだよ。

まだお前は、承認してくれるママを探しているガキだな」

「そんなこと言われたことないです」

「そのセリフ自体に虫酸が走る。今日は帰れ」

「…」

「早く帰れ」

「分かりましたよ」

「ビールをくれないか」

「あれだけ言うのは、珍しいですね」

「言い過ぎたかな」

「いや。いい薬になったんじゃないですか」

「言った後は、いつも罪悪感に苛まれる」

「分かります」

「言うべきだったのか、言わない方が良かったのか。考えても分からないな」

「何かを言う人というのは、その苦悩と共に生きているのかもしれません」

「言わない方が楽だが、言ってしまう。俺もまだ、ガキだということか」

「なかなか、魅力的なガキだと思いますが」

「褒め言葉と受け取っておくよ。もう一杯、ビールをくれ」

「どうぞ」

「それにしても、最近は言い過ぎる」

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出版記念トークライブお申し込みは、明日の19時から受け付けます。

人数に限りがあるので、ご注意ください。

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自分の好きなことを知る技術

 

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まずお知らせ。

出版記念トークライブについてですが、明後日金曜日の19時から募集を開始します。

今回、カフェでの開催ということで、そこまで多くの人数を募集するわけではありません。

人数に達し次第募集を締め切るので、ご注意ください。

 

では、本題へ。

大体、何かを続けようと思えば、好きなことや、自分がしたいと思うことでないと続かないもの。

続かないし、一番の問題は、「深めよう」と思えないことです。

好きなこと、興味のあることであれば、自然に「深く知りたい」という欲求が生まれるけれど、

嫌々やっている場合、「まあ、このくらいでいいだろう」という気持ちが湧いてくる。

そうすると、突き抜けることができない。

だから、結局、その分野で成果を上げることが難しくなるのです。

では、好きなこととは何だ、という問いがここで出てくるのですが、

自分には好きなことがないとか、分からないとかいう場合、

自分の好きなことを認識できていなかったり、言語化できていないだけであるケースがほとんどです。

私の例で考えてみましょう。

私の場合、何が好きかというと、よくよく考えてみると昔から好きだったのが、

 

・なぜ、そうなるのかを理解すること(洞察すること)

・それを誰にでも分かりやすい形で言語化すること

 

が、まずあります。

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というのは、昔、高校で授業を受けていたとき、

「分かりにくいな、おい」

と思っていたんですね。

参考書で勉強していたときも、

「ここの説明なかったら、分かりにくいでしょ。何でここの説明しないのかなあ」

と思ったり。

誰かの講演やセミナーを聴いているときも、

「そこの説明なかったら、○○という前提知識を持っていない人からすれば分かりにくいわけだから、そこの説明を入れてから話さないとダメでしょ」

なんて生意気にも思っていて。

いつも、「自分だったらもっと分かりやすく説明することができる」と思っていたように思います。

で、実際、塾で国語を教えていたときは、言語化の力を生かして授業をしていて、

そうしたら、その塾はテレビCMとかもやるような塾だったのですが、2年目でベテラン講師全員ごぼう抜きして、その塾でトップの講師になっていたんですね(←自慢。笑)。

 

ただ、昔はそういったことが自分の好きなことだとは気づけませんでした。

というのも、「好きなこと」というとき、何となくそこに予め「イメージ」があったんですよね。

好きなことって、例えばこういうものだ、みたいな。

そこに合致していないことは好きなことだとは認められない、という意識があった。

だって、「あなたの好きなことは何ですか?」と聞かれたとき、

 

「そうですね、洞察と言語化ですね」

 

と言われたら、ポカンとしませんか?笑

何かよく分からないじゃないですか。

でも、本当に好きなことって、他人からすればよく分からないものであるケースも多いと思うのです。

で、私たちは人から嫌われたくないから、ワケの分からないことを好きでいてはダメだ、と思っています。

だから、嫌われたくないって気持ちが強すぎるのはヤバイんですよね。

そこに「認められたい」とか入ってくると、

人から認められるけど実は好きでもないことを無理にやろうとして、

でも実際あまり行動できなくて、夢はあるけど行動できてません、自己嫌悪なう、という状態になるわけです。

 

好きなことって、大体すでにやっていることの中にあります。

普段自然にやっていることは何か。考えてしまっていることは何か。心惹かれているものは何か。

もしくは、不満に思うことは何か。

私の場合は、「もっと分かりやすく説明できるだろう」とか「そこは問題の核心、本質ではないだろう」という不満がいつもありました。

教科書的な説明、とか嫌いなんですよね。分かりにくいから。

何か、良い事だけ言っていたり書いたりしていて、何となく分かった気になるけど、実際分かんないとか。そういうの嫌い。

自分を好きになりましょう!好きになることが大事!

いや、そりゃ、そうですよ。でも、なれないから困っているんです。どうやったらなれるんですか?その具体的な方法を、あらゆるケースにおいて、論理的に、説明して欲しい。

と、どうしても思ってしまう。

でも、それはそこに強い関心があるということでもあって、

不満を感じるということは、逆に言えば、そこに強い欲求が隠れているということでもあります。

「もっとこうしたらいいのに!」

そう思うことが、あなたの好きなことであり、あなたの才能の在処でもあるのです。

長くなったので、今回はこのへんで。

出版記念トークライブの募集は、金曜日の19時からになります。

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弱気な女性に強気な女性の話

 

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今日の晩飯を何にしようか考えながら、デパ地下をウロウロとしていたときのこと。

「北海道フェア」なるものを発見。海鮮のお弁当が並び、こりゃ美味そうだということで、今日の晩飯が決定しました。

店はかなりの人気で、混雑している。

用意してあるものだけでは足りず、どんどん新しいお弁当を作っていかなくてはならず、

店内も慌ただしい感じになっていました。

そこに、一人の女性がいました。

小柄で、気が弱そうで、しかし、真面目に仕事はこなそうとするタイプの方。

真面目にやるのだけど、時々ミスもしてしまって、「すいません!」と本当に申し訳なさそうに謝る方。

その人の隣には、気が強そうな女性。

目が怖い。

「こりゃあ、この人に怒られたりして大変なんだろうな…」

ということを一目見て感じたのですが、案の上、精神的立場は、真面目な方が下。

真面目な女性は緊張していて表情も固い。

ミスして怒られるんじゃないかと、怯えているのでしょう。

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そして、もう一人の人は、真面目な女性に強く言っても言い返して来ないということを分かっている。

だから、他の人に対する態度とは、明らかに違う。

強気。

この構図というのは、人間社会ではよくあります。

私も昔、真面目で、ミスもよくして、強く言われる側の人間でした。

精神的に弱くて、気にしいで、言いたいことも言えない。

そんな男だったので、よく、強気な人に強く言われて落ち込んでいました。

それが嫌だったので、自分と向き合い、自分のメンタルやマインドを変えていったのですが、

その結果、もう全くそんなことでは悩まなくなってしまいました。

人は変われるもんだと、つくづく感じます。

 

話を戻して、

強気な人が弱気な人に、弱気であることを見抜いた上で強気に接している様子。

それは、見ていて気持ちの良いものではありませんでした。

なので、強気な人に、なぜか「にらみ」をきかせながら買い物を。笑

「そういうのを弱い者いじめって言うんじゃないのかい?」という気持ちを、にらみに込めておきました。

 

ただ、私の場合も、「言われる側」だったわけですが、気づいたことは、

自分の態度で相手は変わるということ。

自分が自分と向き合う中で、自分に対する自信を得ていくと、なぜか周囲も変わっていく。

やっぱり大事なことは、

自分が自分の価値を信じること。

自分を信じて、自分を犠牲にしたり、自分を卑下したり、自分を下げてまで好かれようとか嫌われまいとする必要のないくらい、

自分自身の価値を知ること。

それがやっぱり根本だな、と思った次第です。

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「慰め共感系コンテンツ」より「向き合い系コンテンツ」を

 

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「潤さんって、雑誌とか読むんですか?」とメールが来ました。

雑誌と言えば、ファッション系が多いですね。

「Safari」「LEON」「GOETHE」をよく読みます。買いはしません。立ち読みするだけ。昔は買ってましたけど。

「GOETHE」の今月の表紙は中田英寿氏でしたが、内容がゴルフだったんで微妙でした。ゴルフに興味あればいいんでしょうけど。

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あと、この年で、「LEON」とか読んじゃってますからね。笑

もうこの先読むのないぞ、っていう。

昨日も書いたのですが、私は男らしく生きたい、みたいな気持ちが強いのですが、

それを突き詰めていくと、父親の存在に行き着きます。

父親は怖くて、恐怖の存在だったところがあるのですが、

でも、強い男だったんですよね。頭も良いし。

軟弱とか、ウジウジとか、そういうのとは全く縁のない感じ。

とにかく「強い」。

実際の喧嘩も強ければ、雰囲気や存在感も強い。

で、そんな父親に恐怖しながらも、実は憧れていたし、好きなんでしょう。それが今も残っている。

そして、自分のそんな傾向に抵抗しようとも思っていない。

今って多分、そういう強い男の人って減っちゃっているんじゃないかな、と思うです。

いるけど、全体としては少なくなっている。

ただ、私がそういう人が好きなんで、年上でお世話になっている人とかは例外なく「強い」ですね。笑

というか、そういう人じゃないと、この社会の中で結果を出し続けることはできないのでしょう。

私は、多くの若者と実際に対話しながら関わりながらやってますが、

一つ感じることは、大人に触れるということが大事だということ。

私なんかは、20歳くらいから、30代や40代の方と関わったり、一緒に仕事をしたりしました。

そのおかげで色々なことを学びました。

当然、緊張します。分からないことだらけだし。年上の人って怖いんじゃないかっていう幻想を持っていたので、余計に。

でも、そこから得たことって本当に多くて。

逆に、今は自分たちの世代だけで固まろうとする傾向が強いように思います。

趣味志向が同じ人とだけつるんだり、

自分を慰めてくれるコンテンツばかりを好んだり。

自分と向き合わせるようなコンテンツではなく、「共感」して自分を癒すコンテンツばかり見ようとする。

私もある意味コンテンツを作る側ですが、私がやりたいのは自分のコンテンツを通じて「自分と向き合う」きっかけを作ることなんですよね。

それで、実際の現実に変化を起こすことができれば、それが嬉しいし、

そうでなかったとしても、こうやって物を書いているということ自体に喜びを感じながらやってます。

慰めるだけで、依存させて、なんてのは全くやりたくない。

だから、厳しいことも普通に言います。「逃げるなよ」って。笑

全体の傾向として、どんどん自分の殻に閉じこもり、自分から世界を閉ざす傾向が増している。

と個人的な感覚としては感じていて、

突き詰めていけばそれは「自信のなさ」に行き着く。結局。

だから、これからも、そういった部分について好き勝手書いていけたらと思います。

 

それでは、今回はこのへんで。

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映画「007」を観ていて、気づいたこと

 

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先日、ワイルドスピードスカイミッションを観てきたので、今日はそのサントラの曲を。

 

 

今回悪役として出て来たジェイソン・ステイサムが好きなんですよね。個人的に。

バリバリのアクション映画でしたが、面白かったです。

というか、自信のある男たちが出てくるのが個人的に好き。

ナヨナヨしたり、メソメソしたり、ウジウジして生きていきたくはないから。

共感+そうありたい、というところがあるんでしょう。

で、この間、「007 スカイフォール」も観ました。

これ実は映画館ですでに観ていたのですが、iTunesで購入して、もう一度観ていたんですね。

主演は、ダニエル・クレイグ。

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で、この映画に出てくる悪者がいるんですけど、テロとかやるんですけど、

そのテロとかやる目的が、「あの人に振り向いてもらいたい」なんですよね。

Mという女性がいるのですが、おばちゃんなんですが、悪役はこの人の元で働いていた。

でも、やむを得ない事情で、Mは「切り捨てる」という選択をしたんですね。

悪者はそのことを根に持っていて、「何で俺を捨てたんだ、かあちゃん!」みたいな感じで、拗ねている。

で、そのかあちゃんを困らせるようなことばかりするのです。

直接、「何で捨てたんだ!」なんて言えないから。

憎しみを抱いているのだけど、それは愛着の裏返しであり、色々心理的にごちゃごちゃしてる。

大体、悪役ってそういう部分があって、

根本の根本を探っていけば、結局は、拗ねだったり、いじけだったりする。

自分のことを見てほしい、もっと注目して欲しい。

その根底にあるのは、自己無価値感であり、自分に自信を持つことができないこと。

そのことと向き合うこともできず、心をこじらせ、拗ね、ひねくれていく。

そして、関係のない他人を巻き込んでいく。

例えば、人を声高に批判する人も、心をこじらせているわけです。

素直に「俺をもっと見て!」「俺のすごさを認めてくれ!」と言えないから、

誰かを下げることで自分を上げる、ということをしたくなってしまう。

もしくは、人生の結果を自分で背負う覚悟がなく、自分の人生が上手くいかないのを誰かのせいにしたいか。

結局それは己に自信が持てないということであり、自分の価値を信じられないということ。

人が積極的に自分の好きなことができないのも、

チャレンジができないのも、恋愛に奥手になってしまうのも、

結局は、自信や自己肯定感がなく、自分の価値を自分が信じることができない、というところに行き着く。

それさえあれば、毎日はもっと楽しくなるし、無駄にビクビクしたり、

気を遣いすぎて疲れたり、なんてこともなくなる。

大事なことは、すでに自分には価値があるということを認めること。

価値がないという人の言葉に耳を貸す必要はありません。

失敗しようが、できないことがあろうが、構わない。

そんなことは、誰もがそうだから。

いじけるのではなく、拗ねるのではなく、

ただ己に正直に、自分の弱さを受け入れていく。

自分の弱さを受け入れていくことで、人の弱さも受け入れられるようになるから。

人は、自分を受け入れた分と同じ分だけ、人のことも受け入れられるようになる。

それはつまり、自分の器が大きくなる、ということでもあります。

自分と向き合えば、己の弱さ、どうしようもなさ、愚かさと出会います。

しかし、きちんとそういう自分と出会えた人は、そこから大きく飛躍していく。

人間が一つ深くなって、周りに与える印象も変わってくるのです。

己の弱さを知った人間は、なぜか強くなるんですよね。

弱さと向き合い、弱さを受け入れることで、人は強くなっていくのでしょう。

 

今回は、このへんにしておきます。

 

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嫌われるのが怖かった、アルバイト時代の話

 

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昔、塾で講師として働いていたとき、人出不足で、よく

「池田、この日来てくれないか?」と頼まれていました。

最初の頃は給料も欲しかったし、教えるのも楽しかったしで、ほとんど、

「ああ、いいですよ」

って言ってたんですよね。

で、バイトとしてはそれなりに多い、月12万とか毎月稼ぐような、そんな感じで。

楽しかったんで良かったのですが、だんだんと自分自身のことをしたくなってきて、駆り出されるのが嫌になってきたんです。

でも、校長は「池田、頼む」と言うわけですね。

頼まれるのは悪い気もしないし、嫌になってきていたのにも関わらず、断ることもできずズルズルと引き受けていました。

やってみたらまあ楽しいし給料ももらえるしで、いいかなとそのときは思っていたんです。

 

ただ、そこにあった根本の思いは、「嫌われたくない」という思いで、

自分が自分の意見を主張したり、自分の都合を通そうとすれば、相手に嫌われると思っていた。

相手は、自分の都合を通そうとして来ているのにね。

 

でも。

友人の一人は、

「いや、その日はキツいっすねー、大学の授業があって!すいません!」

と言って、彼女と遊んだりしていたんですよね。

そういう友人に対して、ネガティブな感情を持っていました。

「不真面目な奴だな!」みたいな。

まあ実際、その子は嘘ついているわけで、不真面目と言えば不真面目なんですよ。

でも、その子を「不真面目」と否定したかった私の心は、別の理由で否定しているわけです。

つまり、自分は自分を犠牲にして我慢して働いている。

その子は、我慢せずに自由に生きている。

自分は我慢しているのに。我慢していない。

もっと俺のように我慢しろよ!と。

私がその子を否定したくなったのは、

 

私がNoを言えず、断ることができず、我慢しながら、自分を犠牲にしながらやっていたから。

 

その子に原因があるのではなく、私に原因があったんです。

その子を否定したくなったその気持ちの原因は、自分が自分の思いを抑圧したことにあった。

でも、その子は実際に嘘をついているので、「正義」を振りかざして、その子を否定することができます。

 

つまり、自分に嘘をつける。

 

「正義の仮面」を被って、声高に正論をぶつけることができる。

「おい!嘘ついているんじゃない!真面目に働け!」みたいな。

ただ、それは自分と向き合えていない人のすることで、その発言をしたくなった自分自身を知っていれば、

そういうことにはならない。

自分自身を知るための存在として、その人が存在してくれていると考えることもできます。

その人を見なければ、私は私を知ることはできなかったかもしれません。

その人がそこにいて、行動して、それを見て、感情が動く。

その動いた感情から、私自身が本当はどうしたかったのかを知ることができたわけです。

嫌われるのが怖くて自分を犠牲にしている自分にも気づけた。

 

自分と向き合っていない人は、「おい!おまえ!このやろめ!」となって、相手を非難する。

自分と向き合える人は、「ありがとう、お前のおかげでまた一つ成長できた」となる。

 

もちろん、その子の不真面目さが良いか悪いか、これは賛否両論でしょう。

今回の話の要点はそこではなく、

 

自分に嘘をついたり、ごまかしたりしていないか

 

というところ。

自分に正直になって、自分の思いを知る勇気を持つことで、日々の選択が変わっていきます。

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行動できないのは、「心のジャッジマン」のせいだった!

 

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何かやろうと思う。

やろうと思ったのだから、パッと取りかかればいいのだけど、なぜか取りかかれない。

そのときの自分の心を観察してみると、

ジャッジマン

がいることが分かります。

自分で自分のことをジャッジしている自分がいる。

 

「よし、あれやろう」

「意味あるの?それ」

「え?誰?」

「俺だよ、ジャッジマンだよ。それやって何か意味あるの?」

「意味?いや、まあ、あると思うけど…」

「できんの?それ」

「…いやー、まあ、自信があるかって言われると、うーん」

「それ、普通の人はやらないんじゃない?」

「そうかなあ」

「後でよくない?」

「うーん…」

「そもそもやりたいことじゃなくない?」

「いや、やりたいはずなんだけど…」

「とにかくさ、やめといた方がよくない?おじさん、そう思うよ。どうなの?」

「そう言われると、やめといた方がいい気もするなあ…」

「だろ?」

「うん…」

「てか、そもそも何やろうとしてたの?」

「!?」

 

自分の中の対話だと思ってください。

こんな感じで、自分がやりたい!と思ったことを、いちいちジャッジするジャッジマンがいる。

で、そのジャッジマンの声がでかすぎて、いちいち立ち止まってしまったり、

考え込んだりしてしまって、そうこうしているうちにタイミングを逃す。

そういうことがあるな、と。

 

意味ない

できない

本当にやりたいことじゃない

今じゃない

 

などなど、ジャッジマンには得意なジャッジの基準があります。

そんなジャッジマンを撃退するためには、

 

意味なくていい

無駄でいい

失敗していい

嫌われていい

普通じゃなくていい

できなくてもいい

やりたいことじゃなくてもいい

 

と、思ってみてください。

そう思うと、ジャッジマンはどっかいきます。

ジャッジマンがどっかいくと、もっとスムーズに行動することができて、

行動することで、色々なことが見えてきます。

案外楽しかったとか、難しいと思っていたけど実はできるなとか、無駄じゃなかったなとか、

逆に、意外に面白くないとか、できると思ったけどできないとか、マジ無駄だったとか。

色々感じることができる。

そうやって実際に体験しているので、体感を通して自分を知ることができるのです。

ジャッジマンとグルグルやり取りをするだけで人生が終わってしまわないように、

ジャッジマン撃退ワードを使って、やりたいなと思ったことを、素直にやるようにしてみると、

いい感じになると思います。

では、今回はこのへんで。

メルマガも好評なので、良ければ。

 

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