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「大学デビュー男」と「既読スルー男」

 

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自分の気持ちに正直になって、一歩踏み出す。

これがマジで重要だと思うのですが、

具体的にどういうことなのか、イメージがつかないかもしれません。

そのイメージを持ってもらうため、あと、自分が書いてて楽しくなってきたので(笑)、

今日も、ちょっとしたエピソードを書いてみました。

自分に正直になるとは、例えばこういうこと。

 

================

「あれ?あいつ、どこかで見たことあるような…。でも、何か違うな」

確かに見覚えがあるが、あそこまで派手だったか。茶髪で、服装も今時の感じ。雰囲気もイメージとは違う…。

もう少し、近づくか。

「やっぱあいつ、徹だわ…」

信じられない。

徹は、もっとおとなしくて、メガネで、断然黒髪で、オシャレなんて縁がなかったはず。

これ、あれか、「大学デビュー」ってやつか。

「あはは!傑作だな、こりゃ!」

ああやって、無理して周りに合わせようとする奴って、カッコ悪い。

大学入ったら、茶髪にして。

初めてだから、明るくなりすぎてたりするんだよね。

服装も、みんなの真似するしかなくて、どっかで見たことあるような感じになる。

要は、自分がないんだ。

よく見られようとしてる。

もっと自分を貫けばいいのに。無理しちゃって。

そんなことを思っていると、急に、徹がこっちを向いた。

「あ!やっぱり!そうじゃないかと思ったんだ!久しぶり!」

昔のイメージの10倍くらい晴れやかで、明るい表情をした徹が言う。

「お、おう!久しぶりだな」

「変わらないなー」

「お前は、変わったな」

「はは、そうなんだよね」

「どうしたんだよ?急に変わっちゃって」

「いや、それがさ…。簡単に言うと、好きな子ができたんだ」

「へえ」

「でも、俺はさ、メガネで、髪型も微妙で、服装とかに気遣ったこともなくて、

…ダサかったじゃん?」

「い、いや、そんなことは…」

「気遣わなくていいよ。

俺はダサかった。

でも、何とかその子と付き合いたくて、このままじゃダメだと思ったんだ。

でも、今まで見た目とか気遣ったこともないからよ、

どうしていいか分からなくて。

とりあえず、周りのみんなを参考にすることにしたんだ。

教えてもらったりしてんだぜ?笑

だからまあ、真似なんだよね。周りの。

この真似してる感じも、何かダサいじゃん?笑

でも、俺はそこから始めるしかないのかな、って。

ただ、そうやって頑張ってると、周りの見る目も何か変わってきたんだよ!

その子とも、まだ付き合うことはできてないけど、

結構楽しく喋ることもできるようになってきて。

前までだったら、話してもらうことすらできなかった。

ダサかったからな、俺。笑

今なら、女の子の気持ちも分かる気がする。

てか、お前はどうなんだよ?

彼女いるのか?」

「いや……、いないよ」

「…そうか。

でも、お前だったらすぐできるよな。

じゃ、俺そろそろ行くわ。

また、飯でも食おうぜ。

あ、LINE教えてよ」

その場でLINEの交換をして、徹は急ぐようにして立ち去った。

ふと開いたままのLINEのトークを見ると、

1週間前のやり取りが目に入る。

こちらから送ったメッセージ。スタンプ。

『既読』がついてる。

でも、返事は返ってきていない。

そのとき、俺より先に徹に彼女ができるのだろうと、何となくだけど感じた。

 

 

自分の思いに正直になれば、一見、ダサいことをする必要も出てくるかもしれません。

でも、それは本当はダサいことではないのかもしれなくて、

カッコイイことかもしれない。

自分に嘘をつかず、自分の本音と向き合って、自分に正直になって一歩を踏み出す

それは、カッコイイこと。だと思います。

ブログの感想は、

mail@junmethod.com

まで。

待ってます!

 

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ちっぽけなプライドを守るために、人生を犠牲にしないこと

 

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誰か知り合いが成功したとき、あなたはどういう反応をしますか?

たとえば、友達が東大に受かったとして。

そんな場面をリアルにイメージして欲しいので、物語風に書いていきます。

================

「あいつ、受かったってよ、東大」

「…マジか」

「頑張ってたもんな、あいつ」

「まあな。でも、あいつ勉強ばっかりしてよお、全然遊んでなかったじゃん?

あれで、楽しいのかね、人生」

「…」

「俺らはまあ、大した大学じゃないけどさ、結構、楽しんだよな?

やっぱ人生って楽しむためにあるわけでよ。

しかも、東大とか行っちゃうと、逆に大変なんじゃね?

余計に勉強勉強、って感じになりそうだし。

俺らは俺らでさ、

良かったと思うんだよね」

「…やめろよ」

「え?」

「みっともないんだよ。

素直に認めろ。

あいつ、すげえじゃねえか。

すげえ頑張ってたじゃねえか。

一人で努力し続けてたじゃねえか。

俺らは、それがつらくて遊んでただけだろ?

人生は楽しむためにあるって、後付けじゃん。

それは確かにそうかもしれないけど、

今それを言うのは、あいつに対してそれを言うのは、違うんじゃね?

俺らは、

つらくて逃げて、遊んで、

そんな自分を正当化するためにもっともらしく、

人生は楽しむためにある

なんて言葉を、どっかから借りてきて、

それで自分を慰めてるだけじゃねえか。

そんなことくらい、お前だって分かってんだろ?

俺らにできなかったことを、あいつはやった。

あいつはすごいよ。

いいじゃないか、それで。

あいつはすごい。

話はそれだけだ」

==============

他人の成功を素直に認めること。

これ、ものすごく大事なことです。

なぜか?

もし、成功した人を妬んだり、批判したりしたら、

自分がその立場になれないから。

その生きる姿勢がどんどん進んで、

 

上手くいかない自分こそが正しい

 

なんてねじくれてしまったら、もう、自分はその立場に安住してしまう。

その立場に居続けることを自ら選択するようになる。

本当にそこにいたいならそれはそれでいい。

だけど、本当はそうではない場合。

心の中は、嫉妬や不満で渦巻いている。

「なんだ、あいつ…」

なんて思ってる。

顔はニコニコしていても、心の中は不満だらけ、とか。

なぜそうなるか?

結局それは、自分をごまかして、自分に嘘をついているからです。

本当は自分だって良くなりたい。

その思いを直視していないから。

 

ちっぽけなプライドを守るために、自分の人生を犠牲にしないこと。

 

ねじくれないこと。

素直に、正直になる。

そして、今の自分から、地道な一歩を踏み出していく。

自分の気持ちに素直になれば、もっとスムーズに、日々行動することができるようになります。

 

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おじさんとガチバトルした話

 

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今日は、メルマガの内容にピッタリな曲を。

:Dragon Ash Blow Your Mind

 

私は普通の公立中学、高校の出身で、

中学には、たくさんの「ヤンキー」がいました。

中学生当時、ヤンキーたちはまさに、

恐怖に震える

存在で、逆らったら最後、暴走族を気取った「原付バイク集団」に追われることになる…

そう、震えていました。

私は結構、中途半端に悪いヤツらとつるむ立ち位置にいたのですが、

そういうのが一番ヤバくて。

ヤンキーになりきることができないので、本当の友達になれない。

で、絡まれたり。

小学生の頃にいじめられた経験から、

そのときすでに自己評価が低かったので、

「すいません、へへへ…」

なんて、笑ってました。

ビビっている自分が嫌になりながらも、

逆らうことはできず。

そうやっていると、何だかそれが当たり前になって、

さらに自己評価は下がっていきました。

 

時が経ち、浪人時代。

家にお金がなかったことから、

アルバイトをしながら受験することになりました。

中高とサッカー部に所属していたのでバイトはそれが初めて。

とんかつ屋で働くことになったのですが、

そこで待っていたのが鬼店長。

怒鳴るし、声はでかいし、リーゼントっぽい髪型で、顔いかついし、

バイトに怒って物は壊すし。

ホントに怖い人でした。

そうなると、もう大変。

自己評価が低いことからそういう人が苦手だった私は、

またもや、その人のご機嫌を取ろうとし始める始末。

ただ、このときに、もうそんな自分を変えたい、と思うようになったんですね。

いつまで媚びてんだ、俺は…

いつまでビビってんだ、俺は…

と。

そこから、より一層自分と向き合うようになり、

「恐怖」と闘う日々が始まりました。

私の中にはたくさんの

恐怖

がありました。

とにかく、無意識レベルに恐怖がある。

それを、どうにかしないといけない。

無意識レベルに反応する自分と向き合いながら、

私は、自分自身の価値を信じること、自分に自信を持つことの大切さ、その意味に、気づいていきました。

そして、時は経ち。

 

これはつい1年前くらいのこと。

 

「お前、調子のってんじゃねえのかあ!!!」

 

おじさんが、叫ぶ。

50代かな。

私が、そのおじさんが好きな女の子と喋っていたのを見て嫉妬したようで、

それらしい理由をつけて、怒鳴る。

熟練感のある、なかなかの凄み方。

「なるほど、こうやって今まで陰で人を押さえつけながらやってきたんだな」

ということが伺えました。

久しぶりに、面と向かって自分に対して怒りをぶつける人に出会ったのですが、

私は、昔の私ではない。

「いえ、そんなことはありません」

特に、反応しない。

怒りもしないし、媚びもしない。

乗らない。

相手は、その反応のなさに拍子抜けしながらも、

引っ込みがつかず、さらに凄む。

「おい、反省してんのかよ、ああ!?」

「…」

 

こりゃ、殴りかかってくるかもな。

そうなったら?

逃げる。笑

それでもダメなら…。

 

昔なら、人に否定されたり、怒られたりしたら、自分をも否定し、責めたかもしれない。

でも、それは昔の自分。過去の自分。

今は、違う。

自分に価値があることを知っている。

自分と向き合ってきたから、

相手の中で何が起こっているか理解できる。

相手の気持ちも、分からないでもない。

 

ムカつくのだろう。

悲しいのだろう。

寂しいのだろう。

怖いのだろう。

自分の価値を信じられなくて。

だから、怒っている。

仕方ない。人間、そういうこともある。

自分だって、そういうこともある。

 

「おじさんも、つらいよな」

 

そう思いながら、怒りで顔がピクつくおじさんを見据える。

おじさんが殴りかかってきたら、

逃げる。

でも、もしそれでもダメなら、

悪いけど、俺もおじさんを殴らなきゃならないかもしれない。

それはおじさんが憎いのではなく、

自分が自分を大事にするため。

自分を守るため。

自分が、自分の価値を信じて生きていくため。

ただ、自分のために。

 

だから、恨んでくれるなよ、おじさん。

 

そう思っていたけれど、結局、

そのおじさんも頭が上がらない人に仲裁に入ってもらって、事なきを得ました。

その出来事が、

そこで示せた自分の在り方が、

さらに自分に自信を与えることになったのは、言うまでもありません。

(ちなみに、それ以来おじさんとは関わっていません。実話です)

人一倍恐怖心が強かった私も、今では、変わりました。

なぜ変われたかというと、結局は、

自分や、自分の中にある恐怖と向き合ってきたから。

自分をごまかさず、嘘をつかず、

弱さを認める。

目を背けてしまうところからも、目を背けない。

そうやってきたからかな、と思います。

人は必ず変われるし、大事なことは、自分の価値を信じること。

安売りする必要もなければ、犠牲にする必要もない。

いつも遠慮したり、自分なんて、と思っている人には、

わがままになるくらいが、ちょうどいいものです。

 

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「自分に抵抗する自分」の存在

 

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今日は、この曲を聴いていました。良ければ聴いてみてね。歌詞がいい。

今日のブログは、この曲を聴きながら読んでもらえれば。

 

今日は東京にてオフ会。そこでも関連することを話したのですが、

私たちは、自分に抵抗することがあります。

昨日のブログの内容ともかなりつながっていることで、

自分がしたいと思うことに抵抗する自分がいるんです。

心の奥底で「こうしたい」と思っている自分がいる。

もうそれは純粋な願いで、気づけばそのことを考えている。

例えば、好きな人のこととかって、自然に考えているでしょう。

でも、「ダメダメ!」なんて、頭で考えて、その人のことを考えないようにしたことって、ありませんか?

それと似たような感じで、自分がしたいことは自分は実は知っているんです。

でも、それを打ち消す思考を頭でしているわけ。

それが、抵抗する自分。

最近言っている「許可する」というのは、その抵抗している自分に、「抵抗しなくていい」ということを言ってあげるということ。

抵抗というのは例えばどんなものがあるかというと、

 

私なんかがやっていいのだろうか

そんなことできるのだろうか

これって、普通じゃないのではないだろうか

そんなことをしたら嫌われないだろうか

変な人だと思われないかな?

迷惑をかけてしまうかな

これは「間違っている」のではないか…

 

などなど。

そうやって、心の中の声を無視する方向に進めようとするわけです。

許可するというのは、自分に正直になる、ということでもあります。

自分がしたいと思っていることをさせてやる。

好きだと思っていることを追求させてやる。

心が震えるようなことを、自分にやらせてやるということ。

でも、多くの人が、抵抗する自分の声を聞いてしまって、

自分を押さえつけていたりするのです。

また、よくあるのが、

自分はすでにしたいことをしているのに、そこに罪悪感を感じているケース。

これも、心の声に抵抗している状態ですね。

従うことはできているけど、まだ若干抵抗していて、自分がしたいことをしていることに不要な罪悪感を感じいたりする。

その場合、その人は本来はもっともっといけるのに、自分でブレーキを踏んでいることと同じになります。

だから、「そこそこ」とか「中途半端」なところで止まってしまったりする。

昨日も書きましたが、いいんです、とことんやりたいことを追求すれば。

好きなことを異常なくらいやればいい。変人になればいい。

それが自分独自の世界観を創ることにもなるから。

自分がしたいことをしないように押さえつける必要はないし、

したいことをすることに罪悪感を感じる必要もない。

もっと、徹底的に突き詰めて、追求していけばいいんですよね。

抵抗するのではなく、許可して生きてみてください。

それだけで、大きく変わっていくはずです。

 

今日紹介した歌詞を載せときます。

===============
THE SONG
UVERworld

川辺に流れる一枚の葉っぱみたいだね 平凡な日々の中

そんな風にしか見えてなかった

小説になるようなものじゃ無いが 恋も別れも夢も見て来た

いくつもこの手からすり抜け 一つだけ離さなかった

何か得たつもりで 何も得ちゃいなかった そんな日々が続いていたから

手にある全てがありきたりだった 特別なものは何も無かった

いつも少し遅れて訪れる後悔に 気づきながら怯えていた

ガムシャラな十年から得た事は 一瞬で過ぎ去る十年の儚さ

歩き続けた まだ此処では終われないと

ありきたりな日々が特別に変わって行くように

時に全て 努力が報われてる そんな気がした

時に全ての 無意味な 砂を積み上げる作業に見えた

本当の強さとは何か 本当の弱さとは何か

永遠の愛 なぜ必要なのか 百年そこらの命の中で

若さを与えられて なぜ奪われて行くのか

結局のところ分からないけれど

ただ歌う事や意思を叫ぶ事に 震えるほど情熱を感じた

平等に過ぎて行く全ての時間が 何なのか分からないけど

熱く生きた十年から得た事は どれほど人が変わって行けるか

誰かの理解 理由 何もいらない

ただその感覚で 魂を奮わせ生きて行く

出来る言い訳なんて もう無い

完璧な状態で戦えてる奴の方が少ない

大なり小なり傷は仕方が無い

それにしても随分たくさんの 大切なもの達を奪われてしまったけど

まだ失うわけにはいかないよ どんな未曾有の悲劇が起きても

愛 夢 理想 希望 それがどんなにも 素敵な事か思い出して

残された時間 才能 運命が決めた限界が此処だとしても

従うつもりはない 理解 理由もいらないよ

ただこの感覚で 魂を奮わせ生きて行く

 

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色々考えたけど、結局大事なことは「これ」だった

 

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日々ブログを書いていると、色々と考えます。

クラブでも多くの人と、とことん対話するので、そこでもまた色々と考えます。

たまに、考えることに疲れます。笑

ただ、いつも、結局大事なことって何?

と考えるのですが、そのとき出てくるのは、『自分が自分の価値を信じること』。

これ。

やっぱこれが重要。

それができないから、人は苦しむ。

自分にはできないと思うから不安になるし、落ち込むし、へこむ。

何か、重い感じになっちまう。

 

もっとみんな、こんな感じで生きてこう。

スクリーンショット(2015-04-17 12.59.14)

 

人間関係でも大事なのは、自分の中に安心感を作ることです。

それは、承認してくれる人が周りにいるからということを越えて、(まずはそういう環境にいることが大事なのですが)

自分が自分に安心感を感じている状態。

自分が自分に安心感を感じていなければ、人から影響を受けるだけで、人に影響を与える存在にはなれません。

別に影響を与える人になる必要はないのですが、

ただ、自然にそうなってしまう、ということ。

自分に安心感を感じていないと、誰かを批判したり貶めることで、何とか自分の価値を感じようとしてしまうようになります。

自己評価が高い人はそんなことはせず、する必要性を感じません。

そんなことをすれば、自分のやったことがブーメランのように戻ってきて、自分の人生が破壊されていくことを知っているし、

そんなことをしなくても、自分は自分でいいと思えていて、自分の価値を知っているからです。

自分の言葉を一番聞いているのは自分であり、誰かへの批判はそのまま自分への批判になります。

批判ばかりしている人の人生が全く上手くいっていないのは、そう考えれば当然のこと。

多くの人は、自分に不安を感じています。

自分は自分でいいのだろうか、という不安。

その自分に対する不安が、誰かへの攻撃になります。

 

全ては『自分の問題』なのです。

 

自分がきちんと自分のことを認めてやれていないから、他人のことをとやかく言いたくなる。

もしも人が、自分が自分であることに安心を感じるなら、世界はもっと温かい感じになります。

でも、そうではないのが現状だったりする。

 

自分を信頼できないということは

自分のやりたいことにも自信を持てず、自分の感情さえも信じることができないということ。

 

自分は自分でいいんだ

 

その気持ちで生きていくことこそが本当に大事なこと。

それは、自分の願いに許可を出すことであり、自分の感情に許可を出すことでもあります。

私は、人の心と向き合うということを、気づけば7年続けてきました。

その間、1万件以上の人生相談に乗り、今でもその数は増え続け、軽い悩みから相当に深い悩みまで扱ってきました。

その中で感じることの一つが、

自分は自分でいいんだ

と思えることの大切さ。

 

多くの人がその気持ちを持つことができれば、争いも、人を傷つける言葉も、この世界から減っていきます。

だから、これからも繰り返し繰り返し、伝えていこうかなと。

思ってます。

結構、切実に。

そんなことを書いた新刊は、5月上旬に発売されるのでお楽しみに。

では。

 

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学んでも学んでも人生が変わらない理由

 

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さっき配信したメルマガを貼っておきます。

===============

池田です。

ついに、新刊が完成しました。

タイトルも、表紙も、全部決定。

編集者さんと熱いやり取りを重ね
ながら作った作品です。

ホントに、この作品には色々な
思いが込もっています。

発売は、5月上旬になるので、
お楽しみに。

では、本題へ。

=============
結局、なぜ変われないのか?
=============

これまで、ネット上の相談なんかも
含めると、

実に1万件以上の相談と向き合って
きました。

ブログを書き始めてアクセスが増えて
きたときなんかは、

毎日10〜30件のコメントが一つ
の記事に来て、その全部に返信して
いましたし、

メールも、ガンガン届いていました。

毎日毎日、来る日も来る日も。

人の悩みと向き合う。

そんな毎日を送っていました。

それが何年も続いて。

今は、対処仕切ることができず、
コメント欄も閉じてますが。

さらに、自分の有料プログラムが
あったり何やかんや。

気づけば、そういうことを続けて
もう7年になるんですかね。多分。

何か、年数の感覚、全然なくて。笑

ともかく、結構、やって来ました。
振り返ってみると。

気づいたら、続いているものです。

その間、情報発信も日々続けて、
本も書くようになって、

発信の量でいうと、それなりに
やってきたのかなと思います。

で、これまでそういう日々を送って
来て、強く思うことがあります。

それは、結局のところ、

自分を知る

ということがものすごく大事だ、
ということ。

=======
客観的な視点
=======

でも、自分を知るって、なかなか
できない人も多いんです。

自分を知るということは、

自分が何をしているのかに気づく

ということ。違う言い方をすれば、

自分の中で何が起こっているのか
に気づく

ということ。

もっと違う言い方をすれば(笑)、

客観的に自分を見られるようになる

ということ。

悩んでいる人は、自分が何を
しているのかに気づいていない。

勉強で成績が上がらない人も、

自分の勉強の仕方を客観的に
観察する視点がないのです。

その視点がない中で勉強しているから、

いつも、抜けているところがあったり、
同じミスをしたり、成績が上がらない。

私はよく「向き合おう」と言いますが、

それは、自分を見つめることであり、
自分の中で何が起こっているのかに
気づくことであり、

自分を客観的に見ることなのです。

それができるようになれば、

受験だって、仕事だって、恋愛だって、
人間関係だって、

何もかも上手くいくようになる。

=============
問題に対処できる自分になる
=============

それは、

問題が起こったときに、自ら
対処できる自分になっているから。

問題が起こらないということではなく、

それを問題だとは思わない視点や、
他人のせいにするのではない洞察
なんかができる。

だから、対処ができる。

ほとんどの人は、

安易な「解答」を求めていて、

「問題に対処できる自分づくり」

をしていないんですよね。

だから、ずっと、誰かに頼るしか
なくなるのです。

自己啓発とか学んできていて
も変われないって人は、

自分を見つめられていない

と感じます。

いや、正確に言えば、

自分を見つめることから逃避する
ために、学びを利用している

と、言えるかもしれません。

だから、変われない。

私はよく、FaceClubの音声なんかでも、

かなりドストレートに、核心を
突いてしまったりします。

これを言ったら、へこむ人がいる
だろうことを分かった上で、

突きます。笑

多分、音声を聴いた後、若干
私のことを嫌いになるメンバー
もいると思うんですよね。

結構、嫌われる覚悟で言っている
部分があるから。

嫌われてでも、言うべきこと
を言う、というスタンスで
毎回の音声を作ってきました。

嫌われたとしても、参加者が、
自分を見つめ直す機会になれば
いいと思うんです。

ああ、そういうことだったんだ、
と自分に気づく。

それが、変化への第一歩。

スキルとか、そういうのじゃないんです。

大事なのは、

自分を知る

ということ。

でも、実はそれがなかなか難しい…

なぜか?

それは、自分を知るということは、
自分の弱さを見つめることでも
あるからです。

というところで、長くなってしまった
ので今回はこのへんで。

また続きは今度。

感想はこちらまで。

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池田 潤

 

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いい人で生きるのは、楽だけどつらい

 

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嫌われたくない思いが強いとき、人は「いい人」になります。

当たり障りのない人、道徳的な人、人を傷つけるようなことは言わない人になる。

いや、なろうとする。

でも、大体それは仮面を被った自分で、自分を抑えた自分。

自己犠牲的。

だから、優しそうな表情を浮かべてはいるけれど、内側は怒りで渦巻いていたり。

あんまり自己主張のない人だなあ、と思っていたら、

実はめちゃくちゃ自己主張したい人で、でもそれを抑えているから周囲の人からなめられたり、

やいやい言われたりする。

それがストレスで、嫌なのだけど、嫌と言えずにニコニコしている。

 

不自然にニコニコしていて、やけに親切な人がいます。

もちろん仕事とかだとそれも全然OKなんですけど、

それが根本的な生き方になっている場合、内心、結構つらいはずなんですね。

自分の醜い部分とか攻撃性とか抑圧してしまっているので、

攻撃性が自分に向いて自分を責めたりする。

もしくは、小さな怒りがだんだんと蓄積されていって、最後に爆発してしまう。

 

逆に、いい人をやめることで、生きることはかなり楽になります。

そして、いい人を演じていたときより、人気者になります。笑

しかも、嫌いな人が離れて行きます。

実は、良い事しかありません。

実は、ね。

でも、いい人を演じているときは、それが信じられないし、いい人をやめることが恐怖になる。

嫌われるということ自体が恐怖になってしまうので、

嫌いな人にまで好かれようと、頑張ってしまう。

楽しくもないのに「楽しい!」と言っていた方が、楽だと感じる。

でも、それを続けているからこそ、何となく不平不満が多かったり、

自分の人生を生きている感覚が薄くなってしまうんですよね。

Noと言いたいことに対して、ちゃんとNoと言うこと。

 

自分を犠牲にして好かれるくらいなら、嫌われた方がマシです。

自分を犠牲にしてまで好かれようとする必要など、ありません。

 

いい人でいることは、一時的には楽。

心理的な葛藤を避けることができるから。

人とぶつかることを回避できるから。

一時的には、楽をできる。

でも、その偽りの楽を選び続けた結果、

人生全体を見たときに、つらいものとなってしまいます。

本来の自分を生きられなくなってしまう。

言いたいことも言えず、

やりたいこともやれず。

そうならないためには、

嫌われないためにしてきた行動を見つめ直し、

違う行動を「選択」すること。

一つ一つの選択が、あなたの毎日を変えることになります。

 

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実は「地道なプロセスを辿ること」が超苦手でした

 

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昔、地道なプロセスをこなすことが苦手でした。

何かもう、色んなものを飛ばしたくなる。

基礎とか基本とか嫌いで、とにかく、派手なことや成果がハッキリ分かることをやりたい。

一人で地味な努力を続けるのとかも実は苦手だったんですよね。

でも、それが丸っきり変わってしまったのが、受験のとき。

京大を受験すると決めて、そこから「現実」との闘いが始まりました。

「ああ、思っていたより、京大の問題って難しい」と分かって。

 

分かっていたけど、現役のときはその現実から目を逸らし。

怖いから。その現実を見据えるのは。

だって、見据えれば見据えるほど、できない気がしてくる。

しかも、地道なことができないから、いきなり難しい問題に挑もうとする。

 

難しい参考書やらなきゃ、合格できないっしょ!

こっちやった方が、早いっしょ!

 

と思って、できもしない問題を唸りながら考えて、勉強したフリ。

何も分かっていないから成績も伸びず。

そりゃあ、そんな勉強で受かるわけもなく。笑

浪人のときに、そのスタンスを丸っきり変えたんですよね。

超、地道にやる。

ひたすらプロセスを大事にする。

それを、ただただ意識しました。

そのときに、「形式じゃない、実質なんだ。大事なことは」と思うようになったんですね。

そこから、私はホントに変わったなと思います。

 

今、文章を書いていますけれど、「伝わる」ということを実質的に考え、誰にでも分かる形で書こうとすることが当たり前になっていますし、

人の説明を聞いているときでも、プロセスを大事にするので、

「そこ、説明不足。まあ、分かるけど、分からない人も出てくるだろうなあ」

ということを普通に感じる。

元々雑な人間だったのが、少し丁寧さを身につけたのです。

まあ、まだまだ雑な男だなあ、と思うことは多々ありますが。多々。笑

私の場合は、プロセスを地道に丁寧にできない、ということが弱点で、

それがゆえに、自分の力を生かし切れていなかったんですよね。

 

逆に、慎重すぎて前に進めない、というケースもあると思います。

大事なことは、自分の課題って何なのかを見据えること。

何が自分の邪魔をしているのか。

完璧主義なところがありすぎて、動けない人もいるでしょう。

自分を振り返り、自分を知ること。

 

そして、その自分の課題を乗り越えることで、次のステージがやってくる気がするんですよね。

 

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人を見極めるには、「誰に好かれ、誰に嫌われているか」を見る

 

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嫌われることは悪いことではありません。

なのですが、もしも単純に、自分が嫌な奴だから嫌われているのなら、それは考えもの。

嫌われるのにもいくつか理由があるもので、

悪くないと思うのは、周囲の人には好かれないけど、結果を出している人には好かれる。

このパターン。

もし、周囲の人にも好かれず、結果を出している人にも好かれないなら、それは単純に自分が嫌な奴なだけだったりします。

周囲の人には好かれないけど、結果を出している人には好かれるのは、

やる気があって、志が高くて、意識が高いから。

そういう場合、本人がたとえいい奴だったとしても、周囲は何だか急かされているような気がして、一緒にいることはできないものです。

でも、結果を出している人からすると、「いいねえ」という感じになります。

自分自身を知るために有効なのは、

自分は誰に好かれ、誰に嫌われているのかをチェックしてみること。

人を見るときも、そこを見てください。

その人は、誰に好かれ、可愛がられ、誰に嫌われ、疎まれているのか。

結果を出している人に好かれているのか。

いつも人の悪口ばかり言っている人に好かれているのか。

結果を出している人に嫌われているのか。

いつも不平不満ばかりで自分では何の結果も出していない人に嫌われているのか。

誰に好かれ、誰に嫌われているのか。

これは、自分や、他人を見定める上でかなり分かりやすい指標であるように思います。

悪口ばかり、批判ばかり。そんな人に好かれているなら、

本人もそんな人なのでしょう。

そういう人に嫌われているなら、そういう人ではないのでしょう。

結果を出している人に好かれているなら、その人もそういう人か、そういう人になる可能性を見込まれているか。

どちらかです。

自分自身を見極めるときも同じで、

自分は誰に好かれ、誰に嫌われているか。

そして、自分を好きな人はどんな人で、自分を嫌いな人はどんな人なのか?

振り返ってみることで自分を知り、人を見極めることもできるようになるはずです。

 

メルマガも好評なので良ければ。

 

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自分を守るために身につけてきたものを、置いていく

 

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今日配信したメルマガを、転載しておきます。

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池田です。

昨日は、久しぶりにアンケートを
取ったのですが、

想像以上の方がアンケートに答えて
くださいました。

開始から、続々と集まってきています。

ありがとうございます。

回答してくださった方には月曜日
に限定音声をプレゼントしますね。

アンケートに回答してくださる方
は、こちらから。

:読者アンケートに答えて、音声を受け取る

昨日だけで、多くの方の悩みと
接することになりました。

本当に色々な課題があります。

壁を前に、どうしていいか分からない。

思考がグルグルとしてしまって、
結局、何がなんだか分からず。

人間関係が上手くいかない。

色々な悩みがあります。

そんな悩みと接していて、

強く思うことがあります。

それは、その悩みを持ってしまう
のも仕方がない、ということ。

だって、色々あったんでしょう。

傷つくこともあっただろうし、

上手くいかないこともあった。

否定もされ、拒絶されたこと
もあったでしょう。

それで、色々なことが、怖くなった。

人は、生きる中で様々な体験をします。

その体験の中で、何らかの「学び」
を得ます。

ただ、その「学び」が、自分の
ためにならないこともある。

でも、それも、そのときは自分を
守る唯一の手段だったんです。

そのときは、そうするしかなかった。

そうすることで、自分を守るしか
方法がなかった。

人から嫌われないでいれば、
安心安全だった。

逆に、嫌われて、傷ついたこと
があった。

だったら、嫌われないために
生きてしまうのも仕方がないこと。

いつも、自分を否定された。

思うがままに生きることを許され
なかった。

だったら、我慢することを身に
つけて当たり前。

自分を出さないことを覚えるのも
当たり前のことです。

今のあなたがあなたであるのは、

あなたがあなたを守ってきたからです。

それが、生きる術だったからです。

だから、あなたは何も悪くない。

あなたの悩みも、困難も、何も
悪くはありません。

だから、自分を責めないでください。

自分は自分を守って、頑張って
今まで生きてきたのだということを、

認めてあげてください。

まずは、そこから。

ただ、これまで身につけてきた
生きる術の中には、

「思い込み」がたくさんあります。

色々と、「勘違い」があるのです。

その思い込みや勘違いが、

今まで自分を守るために身につけて
きたそれらが、

今、自分を邪魔している。

ただ、だからといって、その思い
込みや勘違いは、

悪者

ではありません。

なぜなら、それらは、自分が自分
を守るために身につけて来たもの
だから。

あなたがあなたを心配して、

武器やら防具やら道具やらを
いっぱい持たせたのです。

「外にはいっぱいモンスターが
いるからね!

はい!はがねの剣!

これで、闘うのよ!ズバッとね!

じゃないと、やられちゃうから…。

これ!プラチナの鎧!

これがあれば、敵はあなたに
触れられないから。

外の人を寄せ付けちゃダメ!

危険だからね!」

そうやって、武器やら防具やら道具
を自分に持たせた自分は、いつも
自分のことを気にしています。

「大丈夫かなあ。

モンスターにやられてないかな。

あ、あれも必要だったかな。

もっと色々持たせた方が良かったかな。

幸せにやってるかな。

怪我してないかな。

大丈夫かなあ…」

いつも、自分のことを考え、自分を
心配し、自分の幸せを願っています。

自分を愛する気持ちから、色々な
ものを与えたのです。

でも、本当は、外にはモンスターは
いないのかもしれない。

剣は必要ないかもしれない。

防具は必要ないかもしれない。

だから、それらはもう、置いて
いってもいいかもしれない。

でも、置いていくのは怖いですよね。

だって、モンスターはいるって、
信じているから。

武器と防具を置いていったら、やられちまう!

と思うから。

武器や防具が必要だと思うのは、

思い込みかもしれません。

裸で一つで、軽やかに、外で遊ぶこと
が、本当はできるのかもしれません。

嫌われないためにしてきたことも、

しなくていいのかもしれない。

閉ざしてきた心を、開いても
いいのかもしれない。

やりたいことを、やってもいい
のかもしれない。

言いたいこと言っても、それでも
大丈夫かもしれない。

愛されるために頑張ってきたけれど、

最初から、愛されていたのかも
しれない。

でも、そう思えなくても、それも
また、仕方のないこと。

一歩一歩、一つ一つ、やっていけば
いい。

私はよく「向き合う」ということを
言いますが、

それは、今まで身につけてきた

「思い込みからの解放」

を意味します。

身につけてきたものを落として
いくことで、

自分の本来持っている力を解放し、

やりたいことをやり、

生きたいように生きる。

そのために、自分と向き合うのです。

ちょっと長くなってきたので今日は
このくらいにしておきますね。

アンケートは月曜日の19時まで
受け付けているので、ぜひ。

:読者アンケートに答えて、音声を受け取る

では。

池田 潤

 

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