カテゴリー別アーカイブ: マインドセット

未来へのエスケープは、ほどほどに

 

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日々の暮らしの中で、未来にエスケープしてしまうことがあるように思っていて。

将来が不安。将来が楽しみ。どちらでも良いのですが、そういう風に未来に想いを馳せることで、今目の前のことに取り組めない。

「イメージすることが、大事ですよ!」どこぞの本や、誰かの言葉で聞いたこと。

そうか、イメージしていれば良いのか。

目の前のことに取り組む代わりに、未来をイメージすることに逃避する。

未来をああだこうだと考えているまさにその瞬間、私たちは現在するべき活動から逃避しているものです。

ああだこうだと考えているとき、目の前のことは見えていない。

あの人にどう思われているだろうか、この言葉はどういう印象を与えるのだろうか。

そんなことばかり考えているとき、目の前の人のことはよく見れていない。感じていない。

会話そのものを、楽しむことはできていない。

会話を本当に楽しんでいるとき、ある種の思考は働かなくなっているもので、無防備に、適当に、喋っているもの。

バカなことを言って、失礼なことも言って、それでも許される。それがネタになる。そういうものが、本当に楽しいひとときというもの。

だけど、「思考」がそこに存在しすぎているとき、人はリラックスすることもできないし、目の前のことにも取り組めません。

本当の集中、本当の充実は、対象それ自体に没頭しているときに生まれるもので、

それは先ほどの会話でもそうですし、日々の暮らしの中でもそう。

ただ、そのためにそれをやっている。

文章を書くのは、文章を書くため。書くために、書いている。

なぜ、あの人と一緒にいるのか。その人と一緒にいるため。

何のためでもなく、ただそのもののために、それをする。

その状態でこそ人は本当の充実を感じるのだし、そこにはあなた本来の力が流れるもの。

だから、勉強で言えば、集中して取り組めることで成績が伸びるのだし、

文章で言えば、人に刺さる文章、感情を動かす文章が書けるのだし、

会話で言えば、その人と本当につながった、と思える関係を会話によって築くことができる。

未来へエスケープするのではなく、今この瞬間、自分が取り組んでいるものそのものを、よく見てみましょう。

ということで、今日はこのへんで。

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失敗を怖れない自分の作り方

 

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昨日メルマガでも載せたのですが、今日はONE OK ROCKでも聴きながらいきましょう。

何かで失敗してしまったとしましょう。

そのとき、すごく傷ついてしまったり、誰かが自分のことをバカにしているのではないかと心配になってしまったとして。

そして、自分なんてダメだ、ダメな奴なんだと思ってしまったとします。

そういうことは、誰にでもあるものです。

ただ、自分は何者かでなくてはならない。大変な人物でなくてはならない。そう思えば思うほどに、人からバカにされているのではないかという被害妄想が膨らんでいきます。

どこかで、自分は大変な人物でなくては人から認められない、と思ってしまった。

だから、自分の弱さや、ダメや、醜さを何とかして隠して、良いところだけを見せなければならないと思った。

だから、自分のダメなところが出たときに、うろたえる。まずいぞ、と思う。

ダメなところがバレるのが恥ずかしくなる。

結果、失敗ができなくなる。

例えば、英語を話したいと思っていたとして。

一番上達するのは、実際に英語が話されるところに行くことだ、と言われることがあります。

ただ、最初の頃は失敗もたくさん犯すでしょう。失敗しながら、ダサい思いをしながら学んでいって、英語も上達していくものなのだと思います。

しかし、自分が大変な人物でなくてはならないと思っている人は、恥をかけません。失敗ができません。

いつでもクールでかっこよくいなければなりません。

すると、自分から英語で話そうとしなくなります。失敗が怖いから、最善の準備をしてから話そうと思うようになる。

結果、失敗ができなくなって英語が上達しません。

自分は大変な人物である。自分は大変な人物でなくてはならない。

その思いが、自分を大変な人物から遠ざけるのです。

自分は大変な人物であると心のどこかで思っている。そうでなくては、と心のどこかで思っている。

だから、生きることが窮屈になるのです。

自分を責めることが多くなるのも、人間の不完全さを受け入れることができないから。

誰だって失敗するし、間違いも犯すし、失敗もします。

失敗しないのは、挑戦していないからです。

完璧であろうとすればするほど、大変な人物であろうとすればするほど、完璧から遠ざかり、大変な人物から遠ざかっていきます。

もっと自分のダメさや愚かさ、醜い部分を直視し、受け入れていくこと。

そうやって失敗を必要以上に怖れなくしていくことで、まずやってみる、チャレンジしてみるという心をつくる。

それができるようになったとき初めて、その人は、人からすごいと思われる人物になっているのかもしれません。

「それ」が必要ではなくなったとき、「それ」が手に入る。

そういうことは、よくあるものです。

今日はこのくらいで。

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仲間と一緒に映画を観たときに強く感じたこと

 

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ふと、自分の部屋を見渡してみると、一番多くあるのが、本。本だらけ。

細かいところまでは忘れたけれど、大体どんなことが書かれてあったか、ということも分かるものが多くて。

随分とまあ、読んできたものだなあと思います。最近は電子書籍で読むことも増え、ネット上での情報収集も多少します。ホントに多少だけど。

で、今振り返って思うことですが、知識が増えることで物事の理解スピードは圧倒的に高まっています。

先日、こんなことがありました。

FaceClubメンバーと映画を観に行ったときのこと。

観た映画が、なかなか面白かったな、と。ウルっときちまったぜ、と。そう思っていたんですね。

話の構成も面白く、伝えたいことも明確。良かったな、と。

で、見終わった後、全員でその映画についての感想をシェアしました。

すると、「どんな話なのか全く分からなかった」「分からないので、寝てしまった」という方が結構いました。

最初聞いたときには、自分の感覚では驚きだったのですが、その1秒後に

「自分はたくさん本を読み、映画を観てきただけだな。自分はそのことに時間をかけてきただけ。別にすごくも何ともない」と気づき、

みんながどう感じたのか、ということをジャッジすることなく聞いていました。

そのとき、前提となる知識がなさすぎると、何も理解することができないのだなと思いました。

だから、知識にもやはり役立つ部分はあるわけです。

ただ、このときに一番強く思ったのは、その知識の多寡の問題もそうなのですが、

人間が見ている世界の違いについて。

全く同じ映画を観ても、捉え方は本当に違う。驚くくらい違う。

とすれば、それ以外でも、人は本当に違う見方で世界を見ているのだな、と。

例えば、人と会話しているとき、私は「あ、今この人、こういう風に思っただろうな」と予測することがよくあります。

多分それは、誰だって同じ。

でも、それは自分が自分の物の見方で世界を見ているからそういう予測になるわけで、

実際には他人は全く違う物の見方で世界を捉えている。

ということは、ほぼ、自分の見立ては間違っているのです。

つまり、相手は自分が思うようには思っていない。

こうに違いない、は、「違う」ことが多いのです。

昨日も書きましたが、人は自分のことを一番よく考えている。

だから、たとえ自分が失敗したり恥ずかしい思いをしたとしても、次の日には他人は大して気にもとめていなかったりする。

自分だけが、周りはいつまでも自分のことを考えている、と自惚れているだけだったりします。

話を戻して、

自分が伝えられたと思っていることも、自分が思っているようには伝わっていない。

言わなくても分かるだろうと思っていることも、本当は言わないと伝わらない。

その大前提に立つことができるか。

その大前提に立つことができなければ、他人は自分とは全く違う風に考えているのでは、と想像することができなくなります。

その想像力の欠如は、「誤解」を生み、その誤解から「すれ違い」が生まれ、人間関係が悪化することも。

自分だけが「正しい」。相手は「間違っている」となって、お互いに責め合うことになったり。

という感じで、

自分が見ている世界と、他人が見ている世界は違う。

そのことに対する自覚は大事だな、と感じた次第です。

今日も好き勝手書きました。

では、また。

 

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自分はダメなのでは、という思い込みを消す方法

 

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今、東京に来ています。FaceClubのオフ会のため。

今回も、色んな人の話を聞いて、様々感じました。

自分に自信がない、対人関係が苦手、心を上手く開けない、何がしたいか分からない、劣等感がある…

様々な悩みがありますが、とにかく、自分というものを大切にする。

というか、そもそも自分には価値がある。そのことに気づくこと。そう思うことを許すこと。

自分の価値を信じることができないから、不安や怖れが大きい。自分を強く見せる必要性があったり、自分の弱さをなかなか見せられない。

言いたいことが言えない、怒ってもいいときに怒れない、いつも我慢する。などなど。

自分を愛すること、自分の価値を信じること。それは本当に大事なことで。

ただ、ではどうすればそれができるようになるか。

一つには、自分を愛している人、自分の価値を信じている人と一緒にいること。

出来る限り一緒の時間を過ごすこと。

なぜなら、その人は、人を肯定することもできるから。

自分を否定している人は他人を否定してしまうし、固定的な価値観を持っている人は、その価値観で人を裁いてしまうものです。

だから、自分は今のままではダメなんだ、自分はダメな奴なんだ。その思いが強くなる。

大体、自分を責めたり自分を愛せない人は、周囲の人が自分を責める人であったケースが多いものです。

本当は責められなくてもいいところで、責められた。

で、そのとき抱いた思い込みが今も残っている。

でもそれはやっぱり思い込みで。それが思い込みであることを腑に落とすには、自分を肯定しているがゆえに人を肯定することもできる人と一緒にいること。関わっていくこと。

その関わりの中で、思い込みが思い込みであったことを体感的に理解していく。

頭では色々と分かっているのだけど実際にはなかなか上手くいかない、変われない。

そういう人は、リアルな人との関わりが必要だったりします。

その人との関わりの中で、自己肯定感や自己愛、自尊心を取り戻して行く。

それが、本当に大事なことで。

私も、自分ができることを、続けていきたいと思います。

明日は映画ツアー。明日もどんどんクラブメンバーと関わっていきます。

では。

 

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頭が重くなると、体も重くなり、動けなくなる

 

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一昨日、昨日と配信したメルマガの反響がすごくて、本当にたくさんの方からメールをいただだきました。ホント、感謝感激っす。

私も普通の人間であり、苦しみもするし、悲しみもするし、寂しいときもあって。

今まではそういう部分を出すことが少なすぎたのかもしれませんね。

私は全然完璧な人間ではないですし、完璧な人間になることは無理だろうなと思っています。

で、自分が完璧じゃないことを自覚しているから、何となく他者の完璧でなさも受け入れる気持ちになれるし、

「そりゃそういうときもあるっしょ!」と思います。

もちろん、「ああしたらいいのに!」と感じる自分が顔を出すこともありますが。笑

思うのは、あまり深刻にならず、できるとこからやっていこう、ということ。

深刻になってしまう気持ちも分かるのですが、そこで深刻になっても事態は変わらないことが多いんですよね。

で、頭であーだこーだと考えますよね。

「どうしたらいいんだろう、あわわ…」となるわけです。

で、「AにしようかBにしようか、やろうかやらないか…むむむ」となるのですけれど、

そうやって頭であれこれと考え込んでしまうのはなぜなのかというと、

結局、怖いからだと思うんですよね。

その、失敗することとか、上手くいかないことを経験することが。

だから、頭が「慎重論」で一杯になるんです。

損したくねー!失敗したくねー!怖い!

となる。その思いが強ければ強いほど、頭は「慎重論」でいっぱいに。

結果、何が起こるか。対人関係で言えば、態度がぎこちなくなる、固くなる、緊張する。

頭で考えて対人関係をこなすわけですよね。まあ、仕事とかだとそれも必要だと思います。

けど、ずっとそれだと、それって心のつながりを感じられない人間関係になっちゃう。

だから、家に帰るとどっと疲れていたり。笑

さらに、何か行動するにしても、やけに時間がかかる。

失敗の可能性をあれこれ考えるから。

その対処法についてもあれこれ考えるから。

もう、考えることが多すぎるんですよね。

で、頭ばっかり重たくなっちゃって、頭の重さに比例するかのように、体も重くなる。

で、動けない自分についてさらに考え始める。

そると、自分や人生全体に「軽さ」がなくなっていくんです。

「フットワークが軽い」という言われ方がされますけど、つまりは、頭が慎重論で埋め尽くされていない、ということなんですよね。

頭が軽いから体も軽い。

パッパッパっと、前に進んでいく。

そんな感じ。

もし、今の自分は「重いなー」と感じる人は、ぜひ、慎重にならずに飛び込んでみてください。

勉強だったら、つべこべ言わずに勉強すればいい。

不安だとかなんだとか、もう、全部無視。笑

「そういうの、どーでもいいから!やるだけだから!あとは、なるようになるから!」と。

頭であーだこーだと考えすぎることをやめると、スムーズに行動に移れるようになりますよ。

てことで、今回はこのへんで^^

 

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心理的プレッシャーを乗り越えるためには

 

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生きていれば、「結果がどうなるか分からない」という場面がたくさんあります。

センター試験もそうだし、好きな人を誘うときもそうだし、ビジネスをするときもそう。

そのときの心理的なプレッシャーはなかなかのもの。不安になり、居ても経ってもいられず、未来のことを考え、どうしようもなくなって考えるのをやめたくなってテレビをつけたりスマホをいじったり。

そのときの心境というのは、本心で言えば「ああ、逃げたい」というものかもしれません。

だけど事実として、そういう場面でこそ自分の中で何かが変わり、現実に変化が起きることだったりするわけです。

ドキドキして、手に汗が浮かび、本当に大丈夫なんだろうか、どうなるんだろうか…

そうやって怖れるということは、変化するということです。未来がどうなるか分からないところに自分が飛び込んだということ。

しかし、私たちはそういう場面を避けたいと感じるものです。

何とか「先延ばし」にしようとしたり、決断するということを避ける。結果、ズルズルと現状が続いていくわけです。

自分の毎日に不満はある。でも、なかなか変化の一歩を踏み出せない。漫画を読み、映画を観て、本を読む。

そこで出てくる登場人物のように、イキイキとして生きてみたいと思う。そのために、何かしら動き出そうとする。

でも、肝心の場面では動けない。肝心なところに来ると、頭に言い訳が浮かぶ。

いや、まだ今ではないのではないか、準備が十分ではない、などなど。

今の現状が自分にこびりついていればいるほど、変化が怖くなる。怖いという感情が怖くなる。

あの、胸がドキドキして、グッとなって、胃が痛くなるような思いはしたくない。

その心理的なプレッシャーから逃れたいと思う。その逃れたいという気持ちを原動力に「言い訳」が無数に生まれる。

何とかそういったものから逃れたままで人生は変わらないものか…

そういう意識が無意識のうちに生まれ、そのための情報を探し求め始める。

しかし、センター試験で言えば、センター試験を受けなければ大学には行けない。もちろん、色んな手段がありますが、志望する大学にセンター試験が必要な場合、センター試験は避けては通れない。

制限時間が短い中、必死で考え回答する、結果がどうなるか分からない世界に飛び込んでいく必要があるわけです。

心理的なプレッシャーから逃れたまま変化を起こそうというその心こそが、変化を妨げているのかもしれません。

私の場合も、浪人してからも滑り止めなしの京大一本でしたから、当然心理的なプレッシャーはありました。でも、そこを乗り越えたから今があるわけです。

そして、昨日の記事にも書いた通り、どうせやるなら、自分から進んでやるべき。「やらなきゃ」という奴隷マインドは、自分の心を弱める一方です。

「来いや!」くらいの気持ちで向かっていけばいい。

そして、その心理的プレッシャーに押しつぶされそうなときは、自分を応援してくれた人のことを考えるんです。

今まで自分を支えてくれた人、励ましてくれた人、自分が幸せにしてあげたいと思う人のことをイメージする。

自分のことだけ考えれば人は弱い。でも、人のことを考えたとき、自分の内側からパワーが生まれます。

何のために、自分はそのプレッシャーと闘うのか。

いつもご飯を作ってくれた母。熱心に教えてくれた先生。これから絶対に幸せにするぞと決めている恋人。心の支えとしていた誰か。

そういう人のことを考えてみる。

生きていれば、苦しい場面、つらい場面はあるもの。あっていいんです。それこそが人生で、そういうものがあるから人生は素晴らしいんだから。

だから、そこから逃げるのではなく、真正面から向き合ってみる。

そして、ビビって逃げたいときにあなたを奮い立たせるのは、誰かを想う心です。

今まで応援してくれた人に心の中で感謝を伝え、その人の喜ぶ顔を見るために、闘う。

不安になったときは、誰かのことを考えてみてください。

それだけで、パワーが湧いてくるはずだから。

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ネガティブ感情に振り回され続ける理由

 

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自分の仕事は、洞察×言語化だと思っています。

自分の仕事が洞察×言語化だとすること自体が洞察×言語化なわけですが、そこに気づくのは案外時間がかかりました。

自分がやっていることを言葉にするということは実は難しいんですよね。

で、洞察×言語化にどういう意味があるかというと、人は大抵、自分が悩み苦しむ根本的な原因に気づいていません。

根本的な原因に「気づいて」いないということは、その苦しみや悩みと一体化しているということ。

つまりは、客観的に自分を見ることができていないということです。

そうなると、人はネガティブな感情に振り回され続けます。

寂しい、劣等感、イライラ、怒り、嫉妬、妬み、憎しみ、不安、緊張…

様々なネガティブな感情がありますが、それらに振り回される原因は、

そのネガティブ感情の根本的な原因に自分が気づいていないことです。

例えば、自分がお金を稼ぐことに罪悪感を持っていて、いけないことだとしているとします。

そして、お金を稼いで羽振りがいい人を見た。

すると、イライラした。ムカついた。

そのイライラの原因は何か?

自分がお金を稼ぐことに罪悪感を持っていることです。

それが真の原因であり、お金=悪という観念を自分が持っていることが根本。

お金を稼いで羽振りがいい人のせいでは全くありません。

自分の内側の観念を、相手に投影して見ているだけ。

ある意味、自分の罪悪感を見せてくれているので、むしろ感謝すべき相手だとも言えます。

しかし、そのことに「気づけない」でいたら?

最悪、ネットに悪口を書き込む、とかするわけですね。自分が何をやっているのか全く分かっていないのです。

全ては自分の問題なのに、相手の問題にしてしまう。

そうすると、苦しみは無限に続きます。他人を見る度に反応して、怒って、ムカついて。

その状態こそがまさに地獄です。

ただ、今この文章を読んだ時点で、そんな自分に気づくことができたわけです。

すると、その苦しみから解放されます。

もちろん、その人が言われていることを受け入れられるくらい自分と向き合う姿勢があるか、に左右されますが。

向き合い、受け入れる姿勢がなければ、自ら地獄へとまた向かっていきます。

そして、また苦しんで、上手くいかなくて、もうどうしようもなくなったら、その人は自分と向き合い始める。

で、例えば他の誰かの言葉でも私の言葉でもいいのですが、それらに触れて、そこで初めて自分に気づく。

そうやって、苦しみから解放される。

自分に気づいたとき、その人は変わるための第一歩を踏み出すんです。

私がしていることは、自分が洞察したことを言葉にすること。

よく、「自分のことを言われているような気になりました」とメールが届くことがあるのですが、

私はその人のことを知らないし、全くその人のことを意識しているわけではありません。

ただ、自分が洞察したことを言葉にしているだけ。

そしてそれが、自分の仕事だとも思っているわけですね。

だから、これからこのブログを読むときは、そういった視点も持ちながら読んでいただけると、よりあなたの人生を前に進めるお手伝いができるかなと思います。

ということで、今日はこのへんで。

 

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「何かやりたいけど、何もやれていない自分」を変えるには

 

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退屈ほど気力を奪うものはありません。

特に若者の場合、血気盛んでエネルギーに溢れているもの。

そのエネルギーをぶつけられるものがなければ、エネルギーは腐り、鬱々としてしまい、次第に気力が失せていく。

今はネットもスマホも発達し、ネット上での暇つぶしの手段も増えました。

昔だったら暇つぶしをしようと思っても誰か他人が必要で、他人を誘って、暇をつぶしていた。

そこには人との触れ合いがあり、面倒なことも起こり、喧嘩もあった。

確かに痛みもあったけど、喜びもあった。

ただ今はレジャーが発達したので、人とのつながりよりも、レジャーの刺激の方が重要だったりする。

そっちがあるから、人とのコミュニケーションの方は希薄になる。

昔は人とのつながりの中から人は喜びを見出していたけれど、今は代替策がたくさん出て来たので、痛みを伴う人とのつながりは避けるようになり。深い対話とか、避ける。

人とつながるのは面倒。気を遣うし。傷つくし。だったら恋人もいらない。とにかく面倒なことは勘弁。

さらに今は、暇をつぶすのに他人は必要ですらありません。

ネットをいじっていれば、それなりに時間は潰せる。くだらない情報も、くだらない毎日よりはマシ。傷つくよりはマシ。

ゲームの世界は刺激に溢れている。アイドルは可愛い。どんどん、生活からリアルがなくなり、リアルを必要としなくなっていく。

けれど、心の隙間は埋まらない。どこか虚しい。劣等感は抱いたまま。

それによって余計にSNSやスマホを手放せなくなる。やりたいことも特になく、毎日はルーティーン。

もっと何かをやってみたいと思っても、色々と言い訳をしてやらない。

言い訳をしてやらないけど、もっと何かしたいとは思っている。その葛藤の中で苦しむ。

何かやりたいけど、何もやれていない私。に苦しむ。

そんな人が増えているように感じます。

私はネットで活動していますが、(とは言え、ブログやツイッター、メルマガなどで情報発信をしているだけですが)

現実こそが大事だと思っています。全ての学びは現実をよくするため。毎日を充実させるためにあります。

オタクになるために学んでいるのではないし、学びのために学んでいるのでもない。

もちろん知的好奇心はありますが、現実を変えるために学び、考えているのであって、現実から逃避するためにやっているのではありません。

今は、現実から逃避するための手段に溢れています。自分をいくらでもごまかせてしまう。

そして、現実から逃避し、自分をごまかすのは、もう傷つきたくはないから。

しかし、生きるとは傷つくことであり、生きるとは苦しむことでもあります。

傷つくことや苦しむことを受け入れられるかどうか。

もし、何も傷つかない、何も苦しまない世界があったとして、その世界はひどく面白くないものです。

例えば、絶対に苦労しないゲームがあるとしましょう。絶対負けない。何をやっても勝つ。

そのゲーム、面白いですか?

面白くなんかありません。

制限があり苦しみがあるから、ゲームは面白いんです。

人生も同じでしょう。苦しみがあるから、生きることは素晴らしい。

でも多くの人が今、何をしているか。

苦しみからの逃避。苦しみのない世界への逃避。傷つくことからの逃避。

結果、人生はつまらないものになった。

それは、制限も苦しみもないゲームと同じです。

制限も苦しみもないゲームに、やりがいもクソもありません。

様々なものから逃避することで、私たちは自ら、人生を面白くないものにしているんです。

苦しみや制限こそが人生の面白さなのに、その苦しみや制限を避ければ、人生が面白くなくなるのは当然です。

だから私はずっと、「向き合おう」と言っている。

逃避するんじゃなく、向き合う事が大事なんだと言っているんです。

向き合って、現実的に、具体的になること。

「今日1日何をするか」を明確にすること。

大事なことは現実でありリアルであり、苦しみを受け入れながら、傷つきながら、ボロボロになって生きることだと、思います。

まだまだ書きたいことはありますが、長くなってきたので次回以降に。

次の記事もお楽しみに。

それでは。

 

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迷って悩んでどうすればいいか分からないときの対処法

 

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迷っていると、その迷っているということだけでもエネルギーを消耗してしまうものです。

AにしようかBにしようか。やるべきかやらないべきか。そこでグルグルと思考が回って、「最善はどれか」を考えて、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。

その迷い自体が、私たちからエネルギーを奪っていき、何もしていないのになぜか疲れる。

次第に、何が「正解」なのか分からなくなって、何もできなくなる。

スクリーンショット(2015-01-05 8.23.25)

もちろん、そういうときがあっても良いと思うのですが、迷い自体が自分からエネルギーを奪い、消耗するのだということは知っておくと良いかもしれません。

実際には、最善なんてものは考えても分からないし、迷っている時点で実はどっちでも良かったりする。

もしくは、実はもう答えは決まっているのだけど、そちらに踏み出すのが「怖い」ということも多いものです。というか、ほとんどかも。

昨日の記事も「恐怖」について書きましたが、単純に、新しい方に進むのが怖い。でも、実はもう心の中ではそちらに行きたいと思っている。

だって、わざわざ新しい、恐怖を感じる選択肢を持ち出してきているわけでしょう。

怖いんだったらやらなきゃいいじゃないですか、という話ですよね。

怖いのにその選択肢が選択肢として出て来ている以上、それがしたいんです。

したいけど、怖い。

だから、どちらにすべきか、ということが悩みの根本ではなく、

 

この新しいことをすることにビビっている自分をどうするか

 

ということを考えるべきなんですね。

いや、考えてもダメで、考えれば考えるほど泥沼ですから、そういうときは、「上手くいかなくてもいい」くらいの気持ちで飛び込めばいい。

悩みや迷いの根本な何なのか。

いつだって問題の本質としっかり向き合えなければ、人は意味のないところで右往左往してしまいます。

迷っているけど本当はどっちでもいいならどっちを選んでも正解なのでどちらかをとりあえず選ぶ。

迷っているけど本当はやりたいことは決まっていてビビっているだけなら、まず問題の所在を「ビビリな自分」に置き換える。

その上で、上手くいかなくてもいいから、どうせやりたいんだから、ビビってるだけなんだから、やってみる。

そうすることで無駄な消耗をすることなく、行動できて経験をつめて、その結果だんだん自分に実力がついてきたり、やりたいことができる人生になっていくでしょう。

ということで、今回はこのへんで。

 

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なぜ、厳しい人ほど優しいのか?

 

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厳しい人ほど優しい。不器用な人ほど純粋。そういうことはよくあります。

ニコニコして優しく振る舞う。これって、すごく簡単なこと。

頭の回転が早く、「こうしておけば優しいと思わせることができる」という計算をすぐにできる人は、優しく振る舞うことはお手の物。

どういうテンションとトーンで、どういう言葉で、どういう表情で。

それが分かるから、人当たりが良い。

だから、表面上は何事もなく円滑に毎日が進む。

だけど、それは本当の優しさではなく、「自分を守るため」のものになってしまう。

面倒な衝突は避けたい。嫌われるのは面倒くさい。

そして、どうすればそういったことを避けられるかが分かってしまうくらいに器用で頭が良い。

だから、避けることができる。

しかし、その器用さ、頭の良さには、悲しみが伴います。

本当の意味で人とつながれない、温かい心を持てない、という悲しみです。

そういう人にとって大事なことは、今までと真逆の行動。

つまり、

自分は実は人のことなどどうでもいいのだと素直に認め、人にさらけ出すこと。

それができたとき、その人は本当の意味で温かい人になれる。

でも、それは実はものすごく怖いことです。

なぜなら、今までずっと「いい人」と思われることで生きてきたから。

自分の本性を嫌い、憎み、隠して、生きてきたわけだから。

そして、それで一応は上手くいっていたわけだから。

どこかに違和感を抱えながらも。

自分は冷たい人間なのだ、自分は人のことなんか思えていない。

そのことを素直に認めること。ただ、そのことを認め、受け入れること。

そして、もう、いい人のフリをやめること。

無理に笑顔を振りまかない。偽の愛を振りまかない。無理に好意を得ようとしない。

それができたとき、初めて、自分の中に安心感のようなものが生まれます。

やっと、自分を自分で認められた、という感覚。

実は、

そうやって自分のことを真に認められたときに初めて、人のことも認められるんです。

そこで初めて、自分の中に温かい気持ちが生まれてくる。

今まで自分がやってきた努力は、真逆だった。

本当に必要なのは、逆のことだった。

自分のことしか考えられなくてもいいじゃないか。

冷たくてもいいじゃないか。

それの何が問題なのか。

誰だって、そんな自分を抱えているんだから。

それが問題だと思えるくらい、優しい心も同時に持っているんだ。

本当に冷たい人間は、自分が冷たい人間であることで悩まない。

温かい心があるから、冷たいことで悩むんだ。

そして、本当の温かさとは、自分の冷たささえも包み込んであげることなんだ。

そのことに気づいたとき、自分の内側で何かが変わったことを感じ、人に対する感情も変わってくるのだと思います。

ということで、今日はこのへんで。

 

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