カテゴリー別アーカイブ: 「机に向かう前」の技術

自ら進んで勉強や仕事に取りかかりたくなるには…

 

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当たり前のことが最近言われなくなったのかな、と感じることがあります。

何かで結果を出したい、達成したいのであれば、そのことに圧倒的に時間を使う必要がありますよね。

普通の人がテレビを観ていても、自分は本を読む。勉強する。仕事する。

基本、テレビとか観ている暇はないはずで、それはもう、結果を出している人からすれば当たり前の状況。

ですが、ここで重要なのは、「テレビを観るな!」と強制することではなくて、

なぜ、結果を出すための活動よりも、テレビを観ることに時間を使いたくなっているのか、ということ。

テレビを観たい自分が存在する状況で、自分に「テレビを観てはいけない」と我慢するのではなくて。

そんな我慢は、いつか限界を迎えるわけです。

「潤さん、テレビを我慢していたら、欲求不満になって、逆に作業が進まないのではないですか!?やっぱりある程度の時間、観た方がいいのでは!?」

と聞かれることがありますが、

よく言うことなのですが、「そもそもなぜ、テレビが観たいのか?」というところなんですよね。

なぜその欲求が生まれてしまっているのか?というところがポイントで。

例えば私は、仕事に熱中しているときは友人の誘いが嬉しくありません。

「断るのが面倒だな…」と感じます。

間違っても、「あー、行きたいけど、我慢我慢!」なんて思いません。

我慢が存在しません。我慢になり得ません。

だって、仕事がしたいから。

それが私の中では当たり前の感覚なんです。

「潤さんは、薄情な人間ですね!」と思われるかもしれませんが、

夢中になってゲームをしているときに、「ねえねえ」と言われたら、「ちょっと待って!今いいとこだから!」と言ったことってありませんか?

それと全く同じ感覚です。

今いいところだから待っていて欲しいのです。

それは別に友達が嫌いだとかそういうことではなくて、いいところだから待っていて欲しいだけです。

ではなぜ、テレビを観たい、友人に誘われたい、などと思うのか?

自分の活動に熱中できないのか?

それは結局、自分を信じ切れていない。自分にとっての基準が低くなってしまっている。

自己愛やセルフイメージが低い、というところに行き着きます。

だから、自分の活動に熱中できない。結局、嫌々やっている状況。

その嫌々やっている状況はダメだということで、自分に無理矢理「やらねば!」とけしかける。

これが世の中の90%以上の人のアプローチですが、それでは上手くいきません。

今FaceClubでは徹底的にその部分について扱って、具体的にどうすればいいかというところを教えているところですが、その部分を持つことができたとき、

人はどんどん変わっていくんですよね。

はい。

ということで、今日はこのへんにしておきます。

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「ダラダラして1日が終わった」を避ける技術

 

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本を書いていると、ときに詰まることがあります。

なかなか書き進められなくなり、これまで書いてきた部分を何度か読み返し、どうしようかと考えて、それでも進まない。

仕方ないから、コーヒーを淹れる。少しストレッチして、淹れたコーヒー飲む。もう一度、Macの前に向かい、考える。

少しSNSでも見ようか、という気持ちが出てくる。でも、そこでSNSに手を出すと、集中できなくなる。

だから、スマホの電源は切る。Macで見そうになったら、Macをネットにつながらないよう設定する。

そうしなければ、今やるべきことから逃避してしまうことがあるから。

書いていると、山場というか、少し複雑な部分にさしかかったりすることがあって、

そのときは、いささか面倒になってしまいます。ただ、面倒になってしまうのだけど、そことしっかり向き合わなければ前には進めない。

だから、逃げずに向き合う。どうしようか、と考える。

複雑だから面倒になる。先延ばしにしたり、後回しにしても、どうせそことは向き合う必要が出てくる。

ただ、気づけば違うことを考えていたり。

そういったことをやっていると、人生でもそういうことが多々あるな、と感じるのです。

例えば大学受験のときは、数学の勉強などはそうでした。苦手だから避けたい。でも避ければ避けるほど合格は遠のく。

真正面から向き合い、攻略することでしか前には進めない。

勉強そのものもそうかもしれませんね。

勉強する必要があるけれど、向き合うのが面倒くさい。かといって、他にやりたいことがあるわけではないのだけれど。

逃げれば逃げるほど、時間が経てば経つほど、先延ばしにすればするほど、

何だか重荷になっていく。

例えば、対人関係が苦手と思っている人がいたとして。

対人関係から目を逸らせば逸らすほど、面倒になってくる。

ただ、そういう場合、自分がどう思われるかということを大変気にしてしまうから苦しいことが多いのですが、

他人はさして自分のことなど気にしていません。笑

自分は自分なので、自分のことが大層な問題になっていますが、他人は別に気にもとめていなかったりします。

残念ながら。笑

どう思われるか、ということを気にしすぎるのは、他人にとって自分は重要なのだと思いたいからなのでしょうが、実際にはそうではなかったりするんですよね。

だって、自分はよく自分のことを考えていませんか?自分の人生のことと考えてません?

ということは、相手だってそうなのでは。

相手だって自分の人生に関心があるのであって、いつも他人のことを考えているわけではないでしょう。

自意識過剰になっている自分自身に気づけば、それだけで楽になるし、

そもそも、もっと気楽に生きてOKです。

かなり話が逸れました。笑 まあ、いいです。

向き合うべきものと向き合うというのが、やはり人生を前に進めます。

私の場合は、今は本ですね。

もうこのブログを書いている時点で、本とは向き合えていませんが。笑

でも、書き終わったならまた、深く思索して、文章を練る作業に戻っていきます。

さて、では、あなたが今日向き合うべきものは何でしょうか?

勉強でしょうか?仕事でしょうか?

SNSやネット、漫画。いくらでも目を背ける手段が存在する今の時代。

だからこそ、今すべきことに取り組む能力というものが、必要なのかもしれませんね。

その能力を磨くためには、向き合うべきものを決めたら、後のものは排除すること。

スマホは電源を切って、ネットにもつながらないようにして、手元に邪魔なものを置かない。

向き合うべき対象だけがある空間に、自分を置いてみてください。

そして、タイマーを使って、その時間はそれに集中する、と。

それだけで、1日の使い方が大きく変化していくはずです。

てことで、今日はこのへんで。

 

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やらなければならないことが億劫になったときの対処法

 

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やる気が下がるのはどんなときか?

「しなければならない」という意識が強くなったときです。つまりは、自分に奴隷マインドが強くなったとき。

「しなければならない」ということは、本当は自分はしたくないけど、無理矢理やらされている感覚になっているということです。

そういうのを奴隷マインドと呼んでいます。

例えば、間もなくセンター試験があります。で、もし受験生が「センター試験を受けなければならない」と考えているとしたら、それは全くの間違いです。

別に受ける必要はありません。受けなくていいんです。受けなくても生きていけます。

そもそも大学受験をすると決めたのも自分。別にしなくても良かった。適当な大学にしても良かったし、大学受験しなくたって良かった。

でも自分で受ける選択をしたのであって、自分で決めた選択の結果、センター試験を受けるわけです。

それは全部自分で決めたことなんですね。

つまりは、センター試験を受けることは「やりたい」ことなはずです。

だって、そもそもしなくてもいいことを自分がすると決めたわけですから。

本当はする必要はない。でも、自分の人生のために自分でするということを選択した。

だったら、黙って受ければいい。

「来いやー!やったるわー!」って感じで、受ければいい。

自分で決めたのに「やらなければ…」と考えるのはおかしいのです。

これは仕事でも何でもそうです。

嫌々仕事に行く人も多いですが、別に仕事に行く必要はないでしょう。行かなければならないなんてことはありません。

「いや、潤さん、行かなきゃクビになります!」と言うかもしれませんが、別にクビになるという選択を自分でしてもいいわけです。

でも、自分はクビになるという選択はしない。その会社にいることを選択する。

ということは、会社に行きたいわけですよね。行きたいから行っているんです。

そもそもその会社を選んだのも自分だし、行くという選択をしているのも自分です。

でも、私たちはそのことをよく忘れます。

自分ですると決めたことなのに、「しなければならない」と奴隷マインドになっていく。

その結果、毎日はつまらなくなり、やる気は出ず、また自己イメージも下がってどんどん挑戦する気概を失っていきます。

あなたが今日やることは、あなたがやると選択していることです。

「しなければならない」という奴隷マインドが強くなると、何事も他人のせいにする「被害者マインド」も育ってきます。

そうなるともう、自分で人生を切り開いていく気概もなくなっていきます。

毎日を楽しく充実したものにしたいなら、全ては自分で選択しているのだということを忘れないことが大事です。

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超つまらない自己変革法

 

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私は勉強法についても語ることがあります。特にマインド面。私の専門はマインドであって、科目の知識を教えるということは専門ではありません。あくまでもコーチですから。

マインド、考え方、姿勢。そういったものに関わるもの全てに興味関心があるし、その部分については人の役に立つこともできると自負しています。

で、勉強法のマインド面について語るとき、私はよくごく当たり前のことを言います。

ごく当たり前なので、当然他の人も言っているし主張しているし、大抵、私だけが言っているというのではないことも多いものです。

言い方や捉え方、洞察している部分、言語化の仕方に違いは出ます。とはいえ本質的には、考え続けた人が行き着く先は同じことがほとんど。

ですが、洞察している部分、言語化の仕方が違うので、人によって理解のしやすさが違うのです。そこに、「その人が発信する意義」もあるわけですね。

私の発信が分かりやすいという人もいれば、逆に分かりにくいという人もいる。

物事の理解の仕方には個人差があって、あなたが私の投稿が分かりやすいのであれば、それは私との相性が良いということでしょう。

でも、相性が悪い人もいる。それでいいのです。だから、みんなが色んな発信をすればいいし、色んな表現の仕方で世界に貢献すればいい。

結局本質的に言っていることは同じだったとしても、その人が発信することに意義を見出すことはできます。

私は基本的に常に物を考えていますが、考えて考えていつも行き着くのが、ごく当たり前の結論であることが多いものです。

勉強法で言えば、反復が大事とか、復習大事とか、真剣に考えろ、スケジュールを管理しろとか。誰もが言っていることです。

しかし、上手くいっていない人は結局のところ、それらのごく当たり前のことが実行できていない。ただ、それだけだったりします。

ですが、そのことが認められない。すでに知っていることをやればいいだけなのだけど、何か新しいことを知る必要があると思っている。

ただ向き合えばいいだけなのだけど、新しい何かを知れば良くなれると思っている。

結果、当たり前のことに価値を見出すことができなくなっていくのです。

当たり前のことは退屈で、刺激がなくて、面白くありません。

ごく当たり前のことを当たり前に言われても、心に響かない。だから、何か新しいことを教えてくれそうな人に惹き付けられる。

そういう傾向が、人間なら誰しも持っています。

大事なことは、自分にそういう傾向があることを自覚していること。

自覚できているかどうかということは、本当に大事なことです。自覚できるということは自分のことを客観的に観ることができるということ。

勉強する上でも大変重要な姿勢になります。

もし今、新しい何かを求めて目の前のことを大事にできていないなら、

ごく当たり前のことを当たり前にこなしてみてください。反復するとか復習するとか過去問を解くとか。

私のブログなんかを読んでどうなることが大事なのかというと、

当たり前のことを当たり前にこなせるようになることです。必要なことをただ淡々とこなせる自分になること。

地味なことですが、そうやって地味な一歩を地道に歩んでいく中で自分が成長していき、

人生が前に進んでいくのだと思います。

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私が受験生のときの大晦日の過ごし方

 

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大晦日。2014年最後の日。大晦日になると1年を振り返ったりする人も多いのだと思うけれど、なぜかそういう気持ちが起きず、気持ちは今と未来に向いている感があります。

過去、そのときそのときの自分にとって最善の選択をしてきたはずで、その結果上手くいかないことが起こったとしてもそれも結局は自分にとってプラスになる。いや、プラスにする。今後の自分の生き方で。

そういう意識でいれば後悔することもないし、過去を振り返る必要性もそんなにないのかな、と。

大事なのは、今、そして2015年どうするか。どういう生き方をするか。でしょう。

ということで、このブログでもあまり振り返りをするということはなしにして、いつも通りいきたいと思います。

 

朝、いつもより少し睡眠の質が悪かったことを感じながら目覚め、いつものように支度をし、いつもの音楽をかけながら車を走らせ、いつものカフェに来ています。

大晦日というのにいつもより混んでいて、パソコンをいじる自分は、少し居心地の悪さも感じながら。

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カフェに向かう車の中で、受験生時代の大晦日、何をしていたかなと思い出してみました。

クリスマスも大晦日も元旦もなく、朝4時に目覚め、勉強していた記憶があります。

家はすごく狭くて、兄と隣あって寝ていました。朝4時に目覚めるというのは、そういう環境の中ではかなり躊躇します。隣で寝る兄の睡眠妨害になる可能性があるからです。

だから、目覚ましをかけるのもかなり遠慮がちに。

携帯のアラームを目覚ましにしていたのですが、バイブに設定して、そのバイブが鳴った瞬間にパッと目を覚まし、シュっとアラームを止める技を身につけていました。

さらに、自分の机に座るためには、兄の寝ているところをまたぐ必要があったのですが(部屋が狭く、スペースがないので「またぐ」しか自分の机に辿り着く手段がない)、

よく誤って足を踏んづけてしまって蹴られていました。「何すんねん!」という感じで。

そうやって何とか机に辿り着いて。

小学生の頃から一度も変えることのなかったウルトラマンの絵が入った椅子に座り、

まだ暗い部屋の中、睡眠妨害になることを恐れながら、遠慮がちに机に備え付けられた電灯をパチっとつけ、寒さに震えながらシャープペンシルを握っていました。

たまに、自分は寒さで震えているのか、不安で震えているのか分からなくなりました。

この時期になって分からない問題に出くわしてしまうことが怖くて、過去問を解くことや、難しい問題を解くことを躊躇している自分がいたりして。

それでも、自分の実力、自分のできないところ、自分が改善すべきところを発見するためには、

自分と向き合い、自分の勉強と向き合い、自分の実力と向き合う必要があって。

だから、怖れの気持ちをかき消して、何度も何度も問題と闘いました。

それは紛れも無く、自分との闘いであって。逃げ出したい、目を背けたい、これでいいか…と思いたい。

そんな自分との闘い。自分はすぐ自分に言い訳をしたくなるし、やらない理由をいくらでも作り出す。

でも、そうじゃないだろうと自分に問いかける。

私は特別頭が良かったわけじゃなくて、そのことを自覚していたがゆえに、人よりも多くの時間を勉強に捧げる必要があると思っていました。

人の2倍やって、やっと人並みかな、と。そう思っていました。

その自覚は自分を行動に駆り立てました。もしも自分が特別だなんてうぬぼれていたら、行動することは難しかったかもしれません。

それも、自分と向き合ったからこそ自覚できたことで、そんな特別な存在ではない自分を認め、受け入れ、そこからスタートする。

特別じゃないから諦めるのではなく、特別じゃないからこそ、人よりも多くの時間を費やす。

今でもその意識は変わっていません。

特別じゃないから、クリスマスも、大晦日も、元旦も、全ての時間を勉強に捧げたんですね。

それくらい泥臭くやらないと結果を出せないほどのダサい男だったんです。

でも、ダサくても、特別じゃなくてもやれるんだってところを見せたいじゃないですか。他でもない自分のために。

だから、やるんですよね。

て感じで、大晦日は過ごしていたように思います。

大晦日にこんな気合いの入った記事を書くことになるとは自分でも思っていませんでしたが(笑)、

そのとき感じたことを書いてみました。

2014年、当ブログを読んでいただきありがとうございました。

2015年もよろしくお願いします。

それでは。

 

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何が私たちの邪魔をしているのか?

 

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私たちを邪魔する根本は、怖れ。

自分はダメなんじゃないか

自分には価値がないのではないか

自分は愛されないのではないか

そういう怖れがあるから、

「現実」から目を背けたくなります。

その怖れは、勉強に取り組めないだったり、

何かへの依存だったり、

誰かへの悪口といった攻撃性だったり、

様々な形で表れてきます。

人間は、そこまで強くありません。

だから、目を背けたくなることも、逃げ出したくなることも、

誰にだって起こり得ること。

だから、現実から目を背けたくなっている自分を責める必要はありません。

ただ、大事なことは、

いつだって怖れは幻想だということ。

あなたには、現実を動かす力がある。

だけど、それを忘れてしまっているだけ。

あなたは、すでに愛され、認められている。

だけど、それを忘れてしまっているだけ。

私は、いじめられるという経験を
してから、

自分には価値がないのではないか

自分はダメな人間なのではないか

という思いに囚われました。

結果、そのままの自分では愛されない、認められない。

だから、必死で頑張らねばならない。

と思い込みました。

結果、余計に人を遠ざけ、孤独を味わいました。

自分に自信がないので、他人を責め、他人を否定したくなるのです。

他人より優越している部分を探し、

さらに優越することを求め、

人との距離は遠ざかる一方でした。

他人をバカにしたい自分がいました。

それは、自分の弱さから。

弱ければ弱いほど、人をバカにし、人を責めたくなります。

今、世の中には、他人を責め、否定し、バカにしたい人がたくさんいます。

誰かが少しでも失敗すると、ネットを中心に罵詈雑言が飛びます。

なぜか。

誰もが不安だからです。

誰もが自分に自信を持てず、自分を認められず、

誰もが、怖れているからです。

自分には価値がないと感じることから目を背けたいのです。

攻撃性は、怖れから生まれます。

昔から、「弱い犬ほどよく吠える」と言われますが、

心の状態が悪くなると、人は否定的、攻撃的になります。

でも、それもある意味、仕方ないこと。

人間は誰もが、そこまで強くはないからです。

今の時代、人は人と比べられ、

情報が透明化することで、自分よりも上手くいっている人がいると感じる機会も増えました。

結果、自分はダメなのではないか、と感じる機会も同時に増えました。

人は怖れが主体になると、愛の出し惜しみをし始めます。

自分が愛を出しても、返って来ないのでは、という「怖れ」に囚われるからです。

誰もが出し惜しみをした結果、

誰もが愛を感じることができない。

愛を感じられないから、余計に自信を失う。

自分は愛されないのでは

自分には価値がないのでは

そう思ってしまう。

結果、余計に「出し惜しみ」や「駆け引き」が増え、

さらに、人とのつながりは遠ざかります。

そして、

世界は「怖れ」が主体になった

それが、今の状況ではないか、と
思っています。

怖れ主体の社会では、

依存、逃避、下流志向、自虐、宗教的なもの

などが流行ります。

最近の依存の対象は、

スマホ、ネット、SNS、ゲーム、アニメ、アイドル

などになってきていますね。

もちろん、単純な「楽しみ」としてのものもありますが、

現実と向き合う「怖れ」からの逃避となっているケースも多いもの。

私は2015年から、「FaceClub」というクラブを本格始動させます。

その目的は、怖れが主体になったこの世界に生きる人たちに、

少しでも自信や愛や希望といった、

自分を信じる心を取り戻してもらいたいからです。

本当は私たちは、もっと自信を持って、もっとチャレンジして、もっと楽しく生きることができます。

そのことを、体感して欲しい。

実は、

ここへ来て、FaceClub参加希望のメールが結構来ているのですが、

もしもどうしても参加したいという場合には、

mail@junmethod.com

まで個別にメールを送ってください。

個別に対応したいと思います。

FaceClub詳細はこちらから

すでに申し込みフォームは閉じているので、個別対応という形になります。

私にできることは本当に些細なことですが、

少しでも、自分には価値があること自分はできるんだということを思い出す人が増えていけばいいな、と思います。

それでは、今日はこのへんで。

 

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なぜ、目標はあるのに情熱が湧かないのか?

 

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本物の夢を持つと、人は現実的にならざるを得ません。

なぜなら、本当に達成したいから。

本当に達成したいので、

具体的にどうやっていけばそれが達成できるのか、

いつまでにできるか、今何をやるべきかを真剣に考えるようになるからです。

そして、そうやって現実的な歩みを進めようとする気持ちこそが、『情熱』です。

しかし、現実逃避のために掲げた夢を持った場合、人は逆に、非現実的になります。

具体的に何をするべきかを考えることなく、何となく、これをしておけばいいんじゃないか、ということをやるだけになる。

なぜなら、現実に目を向けるのが怖くなるからです。

できる限り現実に目を向けることなく、非現実のフワフワした状態のまま夢を実現できないかと考える。

そもそも現実から目を背けるために掲げた夢なのですから、

その道のりも非現実的になるのは当然です。

とにかく、「具体化」が嫌になる。

1日に何をする必要があるかとか、どのくらいやる必要があるかとか、

そういう「具体的なこと」を決めたくなくなります。

具体とは、現実だからです。

当然、夢はなかなか実現しません。思っている通りにはいきません。

例えば受験で言うと、このくらいの時期になると急に勉強ができなくなる人が毎年います。

なぜか。

この時期になると、急に「現実」が迫ってくるからです。

残り日数が超具体的になり、自分の実力も過去問演習などで具体化されます。

その具体化された現実から目を背けたくなる。

その心理から生まれるのが、直前になると勉強したくなくなる、という気持ち。

逆に本気になれなくなる。

本気になるということは、現実と向き合うということだからです。

それが、とにかく怖い。嫌。

そして、現実に向き合えない自分と向き合うことができない。

これは受験だけではありません。

大学生でもそう。

大学生でも、進路を決めるときなどは、急に様々なことが「現実」となって表れて来ます。

就活が厳しいということだったり、内定が取れないだったり。

自分は一体何ができるんだろう、ということで悩んだり。

誰もが、壁にぶつかります。

そこで、地に足つけて、そんな現実と立ち向かっていくか。

現実を生きながら、それでも自分の夢や理想を追いかける、本気の理想を持てるか。

それとも、現実から目を背け、現実と闘う人を小馬鹿にして、自分だけは違うんだと自分に嘘をつきながら、

現実逃避のための夢を持って、夢だけ大きいけど何ら行動しない人になるか。

本物の夢を持つと、人は現実的にならざるを得ません。

なぜなら、本当に実現したいからです。

具体的に何をするか、真剣に考え始めます。

そして、非現実な夢を持ちながらも現実的に具体的に日々を生きる人こそが、

自分の理想を現実にしていく人なんですよね。

結局、「向き合う」ことができるかどうかで、人生は決まってくるのではないかなと思います。

では、今日はこのへんで。

 

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「何もできずに1日が終わっちゃった」から抜け出す方法

 

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3冊目の構成を考えています。そのために思考を集中させているのですが、

ふと気が弛んで、facebookなどを見てしまったりするときがあります。

すると、そこには色んな人の投稿が広がっていて、色んなリンクがあって、友達の活動報告があって。

読んでいると、だんだん本来集中すべきことではないことに意識を持っていかれている自分に気づいたり。

今の時代、スマホは仕事や勉強の大敵です。

とにかく、時間と、意識が奪われていく。

「意識」が奪われるというのはかなりでかくて、勉強しているのなら勉強のことばっかり考えていたらいいわけです。

勉強のこと以外考える必要などありません。

だけど、SNSを見たり、ネットを使って情報収集を始めてしまったら、

そこからどんどん派生していって、気づいたらかなりの時間を使っている。

集中力も消費している。勉強以外に関心のあることが出てきてしまっている。

facebookの誰かの投稿を読んで影響され、勉強への集中力を失っている。

facebookに投稿をして、いいねを押されるかどうかを気にして、ついつい何度もfacebookを見てしまう。

とか。

そうすると、1日の活動内容が異常に少なくなってしまったりします。

「あれ、俺は一体、今日1日何をしていたんだ…?」

と思えるくらい、何もしていなかったり。

振り返ってみれば、スマホをいじって1日が終わっていた、ということになっていたり。

もちろん、多少のやるべきことはできているのだけど、もっとできたんじゃないかなと思うような1日。

そんな1日が、ダラダラと継続され、1週間になり、1ヶ月になり。

それがもう習慣になってしまって、1日の勉強量も減る一方。

本当は、1日まるまる時間があったとして、1日12時間くらいは勉強できるんですよね。

もちろん、その人の体力とか精神状態も関係しますが、

物理的にはそれくらいは可能で、実際私はそれくらいやっていました。

ただ、それができないのは、意識が他に奪われすぎだからです。

全く「フォーカス」することができないのです。

自分の課題より他人の活動の方が重要、なんてことはありえません。

大事なのは、自分の活動のはずです。

だったら、他人の活動報告など読まなくていいし、知る必要もありません。

くだらないギャグのようなコンテンツも見なくていい。

大事なことは、自分がやるべきことをやることなわけだから。

そして、そこで結果を出して、自分の人生を切り開いていくことなわけだから。

自分は時間や意識を何に使っているか。

考えてみてくださいね。

では。

 

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「できていると思いたい」を乗り越えると、伸びる

 

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今、東京に来ています。今日は夜にとあるパーティに参加して、明日は出版社にて3冊目の本の打ち合わせ。しっかり、詰めてきたいと思います。

それでは、本題へ。

過去の勉強しているときの話ですが、成績が上がるときと上がらないときで違った心理状態になるのだな、と思ったときがありました。

成績が上がらないときは、「できていると思いたい」。この意識が強い。

あまり深く突っ込んで向き合うことが怖くなって、そこまで突き詰められていないけど、

「まあ、これで大丈夫だろう。これでよし」としてしまう。

なぜなら、できていない現実が怖いからです。その現実を知ることが怖いから、とにかくできているということにする。

私の場合は数学などで顕著でしたが、

「まあ、大体合ってる。ここんとこを思いつけなかったのは、ど忘れのせい。ちゃんとやったらできた。運が悪かった。もう少し時間があればできた。そういえば頭痛かったし」

とか、思ってました。笑

成績の上がらないときって、ホントそんな感じ。向き合ってないんですよね。適当なんです。

でも、自分はやった気満々なんです。

一応、形式だけではあるけれど、勉強はしていますからそう思えてしまう。中身は伴っていないんだけども。

そうやって、自分を自分で騙していくっていうか、向き合ってもいないのになぜかできているということにしておきたくなる。

怖いんですよね。

成績の上がるときの心理状態は全く逆。

「おい、俺。ホントにできてんのか?適当に理解した気になってんじゃないのか?」

と思う。

自分や勉強とちゃんと向き合っていくわけです。

厳しく自分に問いを持てる。

現実から目を背けようとしていないから、そういう姿勢でいられるのですね。

自分に向き合う姿勢がある。

さて、あなたは今どっちの心理状態でしょうか?

もちろん、最後は自分を信頼し、「自分は大丈夫」と思う心を持つことも大事なことです。

ただ、練習段階では真摯に自分自身と向き合っていく。

そうすることで、本当の実力がついていきます。

ということで、今日はこのへんにしておきますね。

 

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「面白いと思えてきた頃から、結果が出始める」法則

 

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あれは、数学の勉強をしていたときでしょうか。

私は、ぶるぶる震えていました。

「こんな複雑な問題、解けるわけがないだろうが……」

当時感じていたことは、数学はあるレベルを越えた途端に難しくなるということ。

ある閾値があって、それを越えないものはできるけど、それを越えると…ジエンド。

当時、その閾値を越えた問題を解けるようになるとは、思えませんでした。

とことんまで自分は文系人間なのだと、感じていました。

その結果、「よし、解法暗記だ」と、映画の悪役が「最終手段に出る…」というセリフを言う感じで、解法暗記に取り組みました。

ただ、それは思考を放棄したまさしく「暗記」だったので、全く上手くいきませんでした。

勉強量だけは増えましたが。

その勉強量は全て無駄に終わりました。

それが、現役時代。

そして迎えた浪人時代。

浪人時代になって、バカな私はようやく「考える」ということを覚えました。

「そうか…考えなければならないのか」

やっと、気づきました。

そこからだんだんと考える時間を取っていった私。

そして、あるとき、ある閾値を越えた問題を考えることがものすごく面白くなりました。

今でも、受験勉強はあるレベルを超えるとかなり面白いものになる、と思っています。

京大の問題を考えながら解くことは、かなり面白かったです。

そして、面白いと感じることができてきたあたりから、成績もガンガン上がっていきました。

「面白いと思えてきたあたりから結果が出始める」

ということは色んなところで言えることです。

昔、ゲームをやっていた頃のことです。

私は実は案外ゲームは好きなんですよね。死ぬほど熱中することはできませんが。

昔、とあるゲームがあったのですが、最初、そのゲームに面白さを感じることができませんでした。

「くそ、このクソゲーが!!くそ!」と、一人キレていました。

でも、せっかく高いお金を払って手に入れたゲーム。

子供だった私は、そのゲームにかける気持ちも強く、一途な気持ちでそのゲームをすることを願っていたのです。

純粋でピュアなその気持ちを裏切ることができず、渋々、そのゲームを続けていました。

すると、ある一定の段階に進んだときに、一気にそのゲームが面白くなってきたんです。

システムが複雑で理解できず面白くなかったそのゲームが、

自分の習熟度が上がり、理解できたとき、

「何て面白いシステムになっているんだ…」

と感動したのです。

逆に、こういうこともあります。これもゲームの話ですが、

最初は面白い。でも、すぐ飽きる。面白いけど、すぐ飽きる。何か同じことの繰り返しに感じる。

で、もういいかな。となってくる。

ちなみにそのゲームは、「三国無双」です。笑

何か最初は面白いけど、やってたら「もういいかな」と個人的にはなりました。分かるかな、この感覚。笑

まあどうでもいいけど。

話を戻しましょう。

勉強でも何でも、「面白い」と感じられる段階というのがあります。

そして、逆に言うと、「面白がれる」ということは、よく理解ができている、ということでもあるんです。

得意科目、苦手科目がありますが、得意科目は理解ができるから面白い。面白いから学習が進んでさらに理解が進む。

そういう正のスパイラルが働いているんですよね。

綺麗事を抜きに言うと、受験が上手くいく人は、受験勉強を結構「面白い」と感じているものです。

そこに全く面白さを感じることができず、勉強が「苦行」そのものになっている人は、なかなか結果も出ない。

なぜなら、それが『苦行になっている』時点で、よく理解ができていないということだからです。

苦行の度数が高いということは、面白さを感じていないということであり、

それは、分かっていない、解けていない、ということを意味するからです。

で、そうなると勉強時間も減ります。

そりゃあ、成績は上がりません。

面白さと理解度は比例するのではないか、と思うんです。

何か、「量をこなしている」人って、根性があってモチベーションがあってすごい人、と感じるかもしれませんが、

案外、楽しんでやっているだけだったりするんですよね。

だから、理解できるところから始めることが大事だし、理解しやすい教材だったり授業を選ぶことが大事。

分かってきて、できるようになってきたら、絶対面白くなりますからね。

ということで、今日はこのへんで。

 

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