カテゴリー別アーカイブ: 人生相談

人の人生と向き合う中で、今感じていること

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昨日メルマガを配信すると、かなりの数の返信が届きました。

やはりみんな色々と悩んでいるみたいです。

まずは自分も情報発信という形でできることをやっていこう、と思っています。

最近は本当に色んな人の人生に触れています。

今行っているプログラムのカフェセッションでは、その人の人生と向き合い、闇を一緒に直視していきます。

メールのやり取りでも、本当に深いところまで入っていきます。

そのときいつも思うのは、人の人生にはそれぞれ色んなことがあって、色んな感じ方があって、みんな大変なこともあるし、楽しいこともあるし、ああ生きているだなってことです。

ホント、色々あるんですよね。笑

人の人生に触れることで、私は以前よりも多くの人のことを理解できるようになってきました。

例えば、すごく攻撃的だったり、周囲の人を批判したり責めてしまう人。

そういう人は例外なく、自分のことを責めているんですね。

そして、責めるようになってしまった原因は、過去のつらい経験や悲しい出来事だったりするんです。

そういった出来事がきっかけで、自分を守らなければならない、という思いが強くなります。

その気持ちが強ければ強いほど、エゴも強くなり、そのエゴを自分と同化してしまい、

どんどん殻に閉じこもるようになります。

さらに、昨日の記事に書いたように「自分にはどうせできない」という思いまで重なってしまうと、

なかなか人生は前に進まなくなります。

ただ、今まで向き合ってきて言えることは、「大丈夫」だということ。

人は絶対に変われるってことです。

どんどん良くなっていくことができる。

成績だって上がるし、恋人だってできるし、人生をもっと楽しく生きることもできる。

今、できないことばかりが目についてしまう人は、それを信じることはできないかもしれませんが、

残念ながら「できる」というのが真実です。

それを信じている人と、信じていない人がいるだけ。

実際、カフェでセッションしていると、その子が何年も何年も抱えていたものを、数時間で手放し、変わることもあります。

そのときをきっかけに、その後変わっていくこともあります。

変わることはできるんです。今は信じられないかもしれませんが。

信じていない人は本気でやろうとしませんから、中途半端にやって、当然できなくて、「ほれ、できない」となってしまいます。

「自分にはできないのだ」ということを証明するために、できない現実を実は望んでいたり。

その状態では、当然できません。できないことを望んでしまっているわけですから。

私たちは、子供のときはできるできないなど考えず、ただ無邪気に「やりたいこと」をやっていました。

できるできないではなく、やりたいかやりたくないかで生きていました。

できないと最初から考えるようになったのはいつからなのか。

自分の心がワクワクしているのに、そこにブロックをかけ、「やらない」を選択し始めたのは、いつからなのか。

2冊目の本に、こんな項目があります。

『「やりたい」アクセルを、「できない」ブレーキで止めるな』

自分の中でいつしか強くしてしまった思い込みを取り除いていくこと。

できるできないではなく、やりたいやりたくないで生きれたあの頃に戻っていくこと。

今は色々あるかもしれません。

色んな悩みとか、できないという思いとか。

人生生きていたら、色々あります。

ただ、忘れないで欲しいことは「大丈夫だ」ということ。

大事なことは、できると信じること。良くなれると信じること。

それができると人生はもっともっと面白くなっていくと思います。

それでは今日は、このへんで。

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相談「常にスマホを見てしまい、勉強できません」

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今日は、毎日たくさん届いている相談メールに回答をしていきたいと思います。

こんな相談です。

『はじめまして、大学四年生です。いつもメルマガ読んでます!

とても、毎日の更新が楽しみです(^O^)

いきなりですけど、相談です。

自分は、携帯依存症です。

自覚があります。LINE、Twitter、Facebookなど、常に見ています。

今年は大学院に進学します。その状況にも関わらず、携帯を離せません。

自分の夢から遠のいてるのは、わかるんですけど、現実、そう簡単に離せないんです…

携帯依存症をやめたら、たくさん自分の時間が作れるのは、わかるのに…

こんな相談メール間違えかもしれませんが、

少し意見を聞かせていただけたらなと思います。

今後のブログ、メルマガ等の更新楽しみにしてます!!』

はい。

これは、現代に生きる誰もが抱える問題の一つだと思います。

相談者の方がまだいいのは、それを自覚していることです。自覚しない人の方がほとんどでしょう。

知らない間にSNSを見て、知らない間に時間が経っていて、やるべきことができていない。

そうやって人生が停滞していく。

そんな状況が、生まれていると思います。著書『勉強の結果は「机に向かう前」に決まる』でも、その危険性については書かせていただきました。

私も今、意図的にfacebookから離れている状態です。もうすぐ再開しますが、そこにも意図があるわけで。

で、そのような「何かに依存しているとき」というのは、少し大袈裟ですが、心に穴があいていて、その穴を埋めるために依存している、と考えてみてください。

例えば、何かに夢中になっている人はSNSをチラチラ見ることはしません。

もっと厳密な言い方をすれば、「見る必要性を感じない」。

SNSを見るという行為は、逃避行動としてよく行われます。

まず、自分がただ逃避しているだけなのではないか、ということを検討してみてください。

私自身のことを言っても、文章を書いているときに、行き詰まるとついついfacebookを見てしまう、とか。

見れば何かしらの更新があるわけで、いつも読んでいる人が更新しているかもしれないわけで。

ある程度はいいと思うのです。待ち時間、移動時間などちょっとした時間にチェックすることで、実際に情報収集になったり勉強になったり、ということがあります。

ただ、今回の相談者の方のように、常に見ているという状態ですと、そこにいい情報があったとしてもそれを生かしきれない、学んだことを実践できない、ということになってしまいます。

それでは結果も出ません。

では、どうすればいいか。

SNSを離れることを考えるよりも、「何をするか」を明確にすることです。

大学院生だったら理想は「勉強」ということになると思うのですが、夢中になること、熱中することを見つける。

もし勉強に夢中になれないということであれば、何でもいいです。

運動でも読書でも漫画でも映画でもドラマでも会話でも何でも。

まず、SNS依存を断ち切る、ということを考えるなら、何でもいい。

そこで、SNSなしでも生活できる自分を取り戻していきます。

そういうものがない時代にも人は生きていたわけで、別になくても生きていくことはできます。

そのことを、何かに集中する時間を取ることで実感してみる。

SNSを見る暇のないくらいに予定を入れてみてもいいでしょう。

電車でSNSを見そうになったら、本を読む。ハードルが高ければ漫画でもいいです。

理想は勉強です。受験生だったら単語帳を見るとか。

そうやって、他のことをすることでだんだんと離れていく、という方法があります。

ただ、もう少し根深い問題が存在するケースについても考えてみましょう。

周りの人間が何をしているか気になる。置いてけぼりになってやしないか、あいつは誰と遊んでいるんだ、みんなの状況を知っておかなければならない、

一人になりたくない。

正直に言えば、私にはこの気持ちは分からないのですが、しかしそういう人もいることでしょう。

いつも周りとつながっていたい。寂しい。

だから、せめてSNSでつながる。

これは、先ほどの話よりも少し根深い問題を秘めています。

そもそもの自分の在り方の話にもなってきます。

なぜそこまで他人とつながっていたいのか。

それは、自分を拠り所とすることができないからだし、本当の心の通ったつながりを持つことができていないからでしょう。

深いつながりを持たない人は、つながることを必要以上に求めます。

自分を拠り所にできない人は、誰かに依存することでその穴を埋めようとします。

結果、必要以上にSNSを見るという状況が起こってしまう。

自分と向き合いたくない、課題と向き合いたくない、一人は嫌だ。誰かとつながっていたい。

当然、人間は本当の意味で孤立して生きていけるものではありませんから、つながりは必要です。

しかし、それがスマホ依存などの形で出ると、本来向き合わなければならない課題と向き合うことができず、

人生が上手くいかなくなってしまう、ということにもなり得ます。

そんなとき大事なのは、自分を拠り所にすること。

先ほどの話とつながってきますが、

自分がやりたいことをやること。これさえあれば、というものを創ることです。

私の場合は、文章を書くこと、読書すること、映画を見ること、カフェにいること。

それだけで満足します。究極、ノートに向き合って考えているだけで満ち足ります。

紙とペンさえあれば、それでいいのです。本なんかがあった日にゃあ、天国です。

今はスマホで映画も観れますし。

歩いたり走ったりも好きだし、筋トレも好きです。

もう、何もいらないのです。

とは言え、そこに安住するのではなく前に向かって行くのですが。

言いたいのは、心の拠り所があるか、ってこと。

自分を拠り所にするからこそ、他人とも深くつながることができます。

実は。

自分を拠り所にできない人は、他人を自分を慰めるために「使っている」に過ぎません。

他人を道具にしているだけです。

そんなものは「愛」でもなければ、「友情」でもない。

お互いがお互いを利用し合い、自分を満たす道具として使っているだけなのに、「これが愛かあ」「友情かあ」と勘違いする。

しかし、どこか不安。

本当はつながっていないから不安なんです。

自分が相手を使っている人は、自分が相手から使われていると感じるものです。

全ては、自分の問題です。

長くなりましたね。

今回は以上です。

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本当は医者になりたくないのでは、と悩んでいます

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毎日毎日、ブログやメルマガを読んでくださっている方から相談メールが届いています。

最近はその数も増え、残念ながら全員にメールを返すことはできていないのですが、今日は一つの相談を取り上げてみたいと思います。

以下の内容です。

『こんにちは。メルマガでいつもお世話になっている、○○と申します。

今回は少し相談があります。

私は実は受験生ではなく、今年(2013年)国立大医学部に入学した1年生です。

今、専門科目は生化学という科目を中心にしたものしかやっておりません。(そういうカリキュラムです)

生化学や細胞生物学は、確かに医学と関わりはあるのですが、私が元来興味を持っていた、疾患や治療などはほとんど含まれません。

かつ、複雑であることも一因となって、これらの科目に対してやる気が出ません。

勿論これらの科目をこなさなければ、進級できません。

医師になるという夢や、疾患や治療への興味は薄れていないはずなのですが、

それを実現するための嫌なこと=現在の生化学に対してやる気が出ないので

実は自分は、大して医師になりたいとは思っていないのではないかと考え始めました。

ですが、それ以上のやりたいことや夢はないし、私は何がしたいんだろうと深く悩んでいます。

やらなければならないことをどうしてもやることができない自分がすごく腹立たしいのに加え、

中学から目指してきた医師という夢が、自分の中でこんなに小さなものだったのかという思いで足元が崩れていく感じです。

今私は路頭に迷っています。

やるべきことができない、ってなんでなのでしょう。やりたいことが見つからないって、どうしたらいいのでしょう。』

はい。回答していきます。

この相談で最も核になる部分を取り上げます。それは、ここ。

「嫌なこと=現在の生化学に対してやる気が出ないので、実は自分は、大して医師になりたいとは思っていないのではないかと考え始めました」

ここです。

ここが、問題の核心部分になります。

この問題については受験コーチングプログラムでも取り上げたことがあるのですが(受験勉強にも関係あり)、

人は原因と結果について、大きな思い違いをしています。

この方のケースでは、

本当は医者になりたくないから、生化学が嫌いなのではないか

と考えてしまっていますが、そうではありません。逆です。

要は、こういう心理的な流れになっています。

生化学が嫌いで、やりたくない。

単純にこの思いがあるわけです。本質的には、ただそれだけの問題です。

おそらくすごく悩まれているのだと思いますが、私から見れば「生化学が嫌い」というただそれだけの問題。

しかし、医学部に合格したということは努力家な方だと思われます。知性もあり、プライドも比較的高いのかな、と。

そうすると、努力できない自分のことは許せないし、認めたくない。努力できない自分はおかしい。

このとき、原因と結果を逆にしてしまうのです。

そもそも自分は医者になりたくないから、生化学の勉強ができないんだ、嫌いなんだ

という思考を生み出します。

行動できない自分を正当化する理由として「医者になりたくないのでは」と考え、行動できない自分を納得させようとしているのではないかと思われます。

例えば、好きな人ができた。アタックした。無理そうだ。

そうなると人は、「そもそもあの子のことが好きではないのかもしれない」と考え始めたりします。

これは、「付き合うことができない」という現実によって傷つきたくないがゆえに持ち出してきた、『後づけ』の理由です。

受験勉強していた。志望校に届きそうにない。

そうすると人は「この大学に行く必要はあるのか?」「受験勉強に意味はあるのか?」と考え始めたりします。

全て、後づけの理由です。

「志望校に届きそうないと分かって」「伸びないという現実にぶち当たって」から、そういうことを考え始めるという事実がそのことを物語っています。

行動したくない、という単純な思いが先にあって、その理由を後から考え、好きなことやりたいことなら努力できるはずだという思考も手伝って、「やりたいことではないからできないんだ」と考える。

そして、進路を変えたりする。

しかし、こういう人はどこに行ってもその思考を生み出し、大事な場面、ここぞという場面でまた方向転換をします。

恋愛でも、受験でも、進路でも、就職でも、何でもそうです。

そしてこれは、現代社会を生きる若者にとても多く見られる思考形態です。

私は人間の心について相当学び、考えてきましたが、人間の心は一歩間違うと人生を大きく変える行動を安易に取ってしまいかねません。

それも、自分の本心とは全く違う方向に、です。

だからこそ、よく自分のことを知ってほしいと願うのですが、

たとえ好きなこと、なりたいものを目標にしていても、嫌いなことは出て来ます。

全てが好きなこと、ということは基本的にはありません。

なりたいこと、好きなことをやっていれば、人生の全てがバラ色で、やりたいことで、ということは現実にはない。

お医者さんの勉強であれば、好きなもの嫌いなもの、あって当然でしょう。当たり前のことです。

全てを好きであるべきだ、なりたい職業なら全てが好きなはず。

その固定観念が、自分を苦しめます。そうやって全か無か、といった思考をしているがゆえに、柔軟に考えることができなくなるのです。

解決策としては、今回の問題は単純に「生化学が苦手で嫌い」というだけの問題だと思われるので、

時間をかけ、先生や友達の手も借りながら、地道に少しずつクリアしていくことをお勧めします。

著書にも書かせていただきましたが、「できる分かるが好きを育てる」です。

まさに今、これとは逆の状況が生まれています。できない分からないからこそ、嫌いなのです。

自らの目標を達成するために通る道であるならば、興味を持とうという意識を持ち、少しでもいいから理解しようとしてください。

やる気が出なくて当然だ、くらいの気持ちになると取り組むことができるのではないか、と思います。

以上です。

もし何か相談、お問い合わせがある場合は、mail@junmethod.comまで。

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