いい加減、自分の本音で生きよう


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私たちが絶望し、勇気が湧かなくなってしまうときというのは、未来を信じることができなくなったとき。

自分は未来を創ることができる、と信じられなくなったとき。

自分への疑い、自己否定、自信の欠如…

そういったものが重なると、私たちは未来を描こうとする力を失い、現状をいかに維持するかという「生存」を優先する生き方になってしまいます。

結果、何も変わらない現状が続いて行くのです。

今、現代社会を「自信を奪う」社会だと思っています。

自由な情報発信ができるようになり、誰もがどんな内容でも発信できます。

しかし、それによって劣悪な情報、ネガティブで、自信を失わせるような情報も本当に増えました。

私ですら、よく分からない情報をたまたま頭に入れてしまうと、自信が弱まっていくことを感じます。

情報の洪水の流れに身を任せていると、どんどん悪い方向に流れていってしまうのです。

人間は本来、純粋な自分の気持ちにアクセスし、その思いに従って生きていくと上手くいくようになっています。実は。

でも、今はその純粋な自分の気持ちにアクセスができなくなっているわけです。

「Self Revived」することができていないわけ。

結果、常識や他人の価値観、主義主張などに惑わされ、自分をどんどん失っていきます。

当然、やる気は出ないし、憂鬱になってしまったり、自分への愛を失うことによって他人への愛も失ってしまいます。

自分への愛を失えば他人への愛、つまり他人への興味関心も失われていき、人々はどんどん孤立化していきます。

逆に、自分の純粋な気持ちにアクセスし、自分に従って生きていくことでどんどん道は開けていく。

本来、私たち人間にはすごい潜在能力が秘められていて、それは今この記事を読んでいるあなたも同じです。

それに自分が気づいていないだけ。

社会や他人、常識によって見えなくさせられているだけです。

その力を何に使うか、何に発揮できるかは人それぞれ。

そして、それでいいんです。

人生に唯一絶対の正解はなく、「こう生きるべき」というものもありません。

あなたがあなたの純粋な思いに従って生きていくのであれば、それは全て正解なのです。

例えば、ローズマリー・ケネディという女性をご存知でしょうか?

彼女は、ジェン・F・ケネディの母親です。

彼女にとってのミッション、やりたいこと、使命は、「立派な家庭、家族を創ること」でした。

そこに自分の才能を発揮し、全力を注いだのです。

そんな生き方も、当然立派なものです。

家族を大事にしたいなら、全力で大事にすればいい。何でもいいわけです。

しかし、どこかで「女性も働かねばならない」という風潮、社会的圧力みたいなものに身を任せてしまって、実は本当にやりたい「家族を大事にする」ということができないでいる人もいるでしょう。

自らの純粋な気持ちとして働きたいのならいいです。それは本当に素晴らしいことです。性別に関係なく、ガンガン世に出て活躍して欲しいと心から思います。

しかし、そうでない場合に働くことを選んでいると、どこかで心が疲れ切ってしまうかもしれません。

経済的な問題で働く必要があるということであれば、それが「家族を守るため」と考えることでその仕事にも全力で打ち込もうとするでしょう。

大事なのは、自分の純粋な気持ちを忘れるな、ということなんです。

社会が何と言おうが、周りがどうだろうが、関係ありません。

そういったものに左右されてしまうから、人生は変わらないし、いつまで経っても悶々としてしまうのです。

そろそろ本当の自分に目覚めたら?

「Self Revived」したら?

という話なんですね。

いい加減、自由に生きたらいいんです。

それができないから、苦しんでいるだけなんだから。

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今日は私の大好きな歌を紹介しますね。こちら。

歌詞はこちら。

さっきとても素敵なものを
拾って僕は喜んでいた
ふと気が付いて横に目をやると
誰かがいるのに気付いた
その人はさっき僕が拾った
素敵なものを今の僕以上に
必要としている人だと
言う事が分かった

惜しいような気もしたけど
僕はそれをあげる事にした

きっとまたこの先探していれば
もっと素敵なものが見つかるだろう
その人は何度もありがとうと
嬉しそうに僕に笑ってくれた

その後にもまた僕はとても
素敵なものを拾った
ふと気が付いて横に目をやると
また誰かがいるのに気付いた
その人もさっき僕が拾った
素敵なものを今の僕以上に
必要としている人だと
言う事が分かった

惜しいような気もしたけど
またそれをあげる事にした

きっとまたこの先探していれば
もっと素敵なものが見つかるだろう
なによりも僕を見て嬉しそうに
笑う顔が見れて嬉しかった

結局僕はそんな事を何度も繰り返し
最後には何も見つけられないまま
ここまで来た道を振り返ってみたら

僕のあげたものでたくさんの
人が幸せそうに笑っていて
それを見た時の気持ちが僕の
探していたものだとわかった

今までで一番素敵なものを
僕はとうとう拾う事が出来た

いい加減、自分の本音で生きよう」への2件のフィードバック

  1. あつし

    いつも拝見させて頂いてます。

    自分は今年現役で受験生を迎えたのですが
    第1志望の大学にすべて落ちてしまいました
    滑り止めには受かったのですが蹴りました

    受験前には滑り止めに受かっても第1志望でなければ浪人して来年はそれ以上の大学にいこうと思ってました
    しかし、実際第1志望にすべて落ちてしまい
    滑り止めの大学を蹴ると
    やっぱり浪人は先が怖いなとか
    やっぱり滑り止めの大学にでも行けばよかったのかな?とか思ってしまいます。

    こういった気持ちは浪人から逃げているだけなのでしょうか
    潤さんが浪人を決意したときの感情なども教えてくれると嬉しいです

  2. お団子

    周囲の人間が追いかけているものを手に入れることが成功なんだって思って自分もそれを求めてしまう。自分がどうしたいか、自分が求めているものは何かをはっきりさせないと永遠に満たされることがないまま欲しくもないものを求め続けて苦しむことを繰り返していってしまうのではないかと思います。
    答えのない問いに自分なりの答えを出そうとする自問自答の姿勢を常に忘れないことが大切だと感じました。
    今日も更新ありがとうございます。

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