動ける人と動けない人、何が違うのか?


 

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今日から東京に来ています。色々とイベントがあって、この期間は原稿を書くことができなさそうで、結構焦っていますが、今は原稿のことは忘れて日々を過ごそうかなと思っています。

今日は、とあるプロジェクトのミーティングに参加していたのですが、ミーティングの内容とは関係なく、色々と思うところがありました。

ガンガン動ける人と、動けなくなってしまう人の違い。

そこには、単純に自分の思いを大事にすることができるかどうかの差があるな、と思うんですね。

例えば、お金が欲しいと思った。単純に自分の思いを大事にできる場合、ではどうやったらお金を得ることができるだろうか、と考えます。

ただ、そこで単純になれないと、自分はお金が欲しいと思っているのにも関わらず、それは悪いことなのではないか。そんなことをしてはいけないのではないか、と思ってしまう。

例えば、モテたいと思っている。でも、現状、モテない。

そこで素直にモテるためにはどうすればいいんだろう、と考えられる人は、最終的にはモテるようにもなっていく。

しかし、そこでひねくれたり、拗ねたり、歪んでいったりすると、その自分の思いがあるにも関わらず、その思いを抑圧したり、ないものにしたり、現状モテていない自分の方がいいんだと思おうとする。無理やり。

そういう人は、モテている人を、妬む。本当にモテる必要を感じていない人は、妬むことなどないはず。

純粋に、単純に、自分の思いに従って生きることで、それが経験になり、そこで学びがあります。

その中で、本当に大事なものは何なのかということにも気づいていく。

もっと何かやりたいと自分が思っていたとして、それを自分にやらせてあげること。

それができるかどうかだと思うんですね。

でも、多くの人がそこで「それは難しいのではないか」「自分なんかにできないのでは」「自分にはふさわしくないのではないか」などと、考え始めます。

考え始めて、最初にあった自分の思いを無理矢理ないものにする。

すると、イライラが募る。やりたいことをやれていない、自分を大事にすることができない、という感覚が大きくなってくる。

そのはけ口として、他人の悪口が出て来たりするわけです。自分のイライラを、他人にぶつけたくなってしまう。

それは結局、自分が自分の思いに単純に純粋になることができなかったから。

結局、自分は何をどうしたいか。

それは、ごく単純なことだったりするんです。でも、自分がその単純な思いに目を向けてやっていないだけ。その単純な思いを、無視しているだけ。

もっともっと自分の声を聞いてやり、自分がやりたいと思ったことを自分にやらせてあげましょう。

自分にふさわしくない、なんて思う必要はありません。

勉強したい、と思っているなら、できるかできないかではなく、その勉強したいと思ったその気持ちを大事にしてあげる。

何かをやってみたいと思ったら、「できないかも」と自分の可能性を潰すように考えてしまうのではなく、自分がやりたいと思ったのだから、やらしてやる。

「自分にやらせてあげる」という感覚を大事にすると、もっと単純に純粋に動くことができるものです。

では、今日はこのへんで。

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